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非公開
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ま~読んでいただければ、おいおい分かるかと。
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2026/02/18 (Wed)
今朝の訃報の放送はショックだった。
「○○のお父さんである~」ってこところから
え?誰?どこの家?と思って次の名前を聞いた瞬間
うそ!って思った。
前の家のおじさん!?
と一気に目が覚めてしまった。
(PCを7時に)
以前、ここにも書いたことがある家のおじさん。
(思わず日記を読み返してしまった)
3月22日 除草剤振っていた
6月20日
蔵のトックリスズメバチの巣のことで
一度、家に行ってみたが鍵がかかっていて留守のようだった
7月7日前の家で声がした
日曜だったので誰か来ていたのか
たまにうちの前(向こうの裏)で除草剤をふっている姿ぐらいしか知らないから、
春からゴミ当番の名簿から名前がなくなったので気になっていた。
春に他の人から一人暮らしだと聞いたが、あそこは3人子供がいて
娘は私と同い年で早くに嫁いだけど、二人息子がいた。
おばさんは認知症になって施設に入ったことは知っていたけど
地区の作業もおじさんばかりだったし、今は参加もなく、
息子さんも代わりに出ていないようだった。
最後に顔を見たのはいつだったか
昨年のお盆の参りか、その前の施餓鬼だったか
最初は気付かなかった
遅れてやってきて、足が不自由そうなおじさんが
前の家のおじさんだとわかり、
久しぶりに見た顔や状態がかなり変化していたので
内心驚いたのを覚えている
そして9月19日
久し振りに前のおじさんが家の 裏で(=うちの前)除草剤をまく姿をチラッと見えたけど
それがおじさんを見た最後だったんだな
でも12月28日の年末、
寺の奥さんに聞いた話で
次男は早くから家をでて、長男は2年前に転勤で単身赴任なのだと。
今は自分で通院とかマッサージとか行っているらしい。
まあ、自分で動ける状況ならまだいいな。(と思っていたのに)
1月7日のゴミ当番では 、噂好きなおばさんから聞いた
前の家の息子、単身赴任じゃなかった 自分から
「班長になるぐらいなら出ていく」と言ったらしい
1月10日の自分の日記には
「こないだから気になるのは前の家
最近、雨戸の開け閉めの音が聞こえない
寒いからとか面倒だからとかあるのかもしれないけど・・・
お正月も外に出た家族の声が聞こえなかったな
来なかったのだろうか?
気になると車の音も聞こえない気がするけど・・・
民生員さんが回っているから大丈夫だとは思うんだけど
暖かくなってきたら、音も聞こえるかな」
1月17日には
「久しぶりに前の家から車の音が聞こえたよ
土曜日だから医者もやってるところあるけど ちょっとホッとした(最近静かだったから)
そういえば、おじさんももしデイに行っていたら
いや、自分で運転できる人がデイにいかないか」
・・・などとメモしながら気にはしていたんだよ。
でも民生員の人(お寺の奥さん)も回っているし
回覧版もあるから、もし入院とかで留守にしていたら
不在を知らせるはずなので、きっとそのあたりの人らは異変には気付いていたはず
(前の家でも、うちとは班が違う)
でも、最近、倉庫の扉が開いていた記憶があるんだけど
その時はまだお元気だったのか、息子さんが来ていたのかな。
まあ、病気や老衰以外に(交通)事故の可能性もあるけども
前の家とは、近所親戚として昔なら親族と同様に法事に呼び合う家だったけど
(とはいえ、親の時代で世話になっていたことが多いので、うちは格下)
もう田舎でも家族葬も香典不要も定着してきたようなので
(やっぱ、香典受け取るの、うちの母の時が最後だったわ)
今は慌ただしくなることはないけども
お悔やみの気持ちは十分あるのだけど
家を管理する者として、ちょっと困ったなあと思ったのも事実。
というのも、前も
「うちの南の隣地だから、また相続放棄とかして
土地が動くと境界やら測量で厄介なことがあるかもなあ
うちの納屋と近接する、そこの納屋も壊れるまま放置だし(瓦落ちてる) 」
って書いたけど、まじでその納屋がやばい。
そこは昔ながら(亡き母いはく)「しんしょのいい家」で
敷地内だけでも、本家、別棟、離れ。蔵が2つ、店舗跡の建物、
そして昔茶畑だったところに建てた大きな倉庫もある
(私が学生の頃は内職みたいな電線の仕事を請け負っていたみたい。
近所の人が行っていたようだし、うちの父もお金がないので仕事をわけてもらっていた記憶が)
そんなわけで、固定資産税もかなりのものだろうなと思っていた。
なので、うちの敷地に面するだけでも蔵2軒と納屋1軒。
そのうちのの小さい納屋が、うちの納屋に隣接しているのだけど
屋根が結構近くてね。
先月末、ポトポト水滴の音がしているので見に行くと
以前から瓦がかけて雨が漏っている個所で(だから私、下に古い波板敷いてた)
あらためて見たらもうそのあたりの軒下が腐ってぶよぶよ
やばーい! 早くなんとかしてほしい
そして西側の瓦も数枚浮いてるんだけど・・・
(北風や西風なら)こっちに直撃はしなさそうだけど
でも、次の台風とかわからないな」
と日記に書いてて、でも、おじさんも一人暮らしで高齢だし、
費用を考えるとなかなか解体に動くのは難しいかもしれないなとは思っていた。
だけど、屋根をシートで覆うとかの方法でもいいので
次に民生員の人(お寺の奥さん)に会う機会があったら
さりげなく言ってもらおうかとも思っていたのだ。
それが・・・おじさんが亡くなってしまったので頓挫。
次に言うべき息子は、そこに住んでいないし
ほぼ会ったことないし、地区がイヤで家を出たというぐらいだから
あまり家の管理に期待できないし、
そもそも亡くなったばかりの今、言い出せるわけがない。
それに自分から家の管理や近所を気にする子供さんならいいのだが
そこに家に住んでいない、普段話もしないし
家の裏側のことだから、あまり期待できないかもしれない。
時期を見てこちらから声をかけるにしても、
普段家に住んでいないのであれば話もできない。
とにかく亡くなったばかりで落ち着くまで時間もかかるだろう。
状況をみながら、いずれどこか誰かに相談するしかないかな(はあ)
(子供は3人、どう落ち着くかわからないし、いずれ相続放棄する可能性もあるけど、
空き家になっても管理管理義務はあるし)
でも、認知症で施設に入ったおばさんの訃報はないから
お元気(?)だと思うけど
まさかおじさんのほうが先に亡くなるなんて、全く思いもしなかった。
ホントにショック。
享年は、くしくも父と同じ84歳だった。
・・・・・・・・
「○○のお父さんである~」ってこところから
え?誰?どこの家?と思って次の名前を聞いた瞬間
うそ!って思った。
前の家のおじさん!?
と一気に目が覚めてしまった。
(PCを7時に)
以前、ここにも書いたことがある家のおじさん。
(思わず日記を読み返してしまった)
3月22日 除草剤振っていた
6月20日
蔵のトックリスズメバチの巣のことで
一度、家に行ってみたが鍵がかかっていて留守のようだった
7月7日前の家で声がした
日曜だったので誰か来ていたのか
たまにうちの前(向こうの裏)で除草剤をふっている姿ぐらいしか知らないから、
春からゴミ当番の名簿から名前がなくなったので気になっていた。
春に他の人から一人暮らしだと聞いたが、あそこは3人子供がいて
娘は私と同い年で早くに嫁いだけど、二人息子がいた。
おばさんは認知症になって施設に入ったことは知っていたけど
地区の作業もおじさんばかりだったし、今は参加もなく、
息子さんも代わりに出ていないようだった。
最後に顔を見たのはいつだったか
昨年のお盆の参りか、その前の施餓鬼だったか
最初は気付かなかった
遅れてやってきて、足が不自由そうなおじさんが
前の家のおじさんだとわかり、
久しぶりに見た顔や状態がかなり変化していたので
内心驚いたのを覚えている
そして9月19日
久し振りに前のおじさんが家の 裏で(=うちの前)除草剤をまく姿をチラッと見えたけど
それがおじさんを見た最後だったんだな
でも12月28日の年末、
寺の奥さんに聞いた話で
次男は早くから家をでて、長男は2年前に転勤で単身赴任なのだと。
今は自分で通院とかマッサージとか行っているらしい。
まあ、自分で動ける状況ならまだいいな。(と思っていたのに)
1月7日のゴミ当番では 、噂好きなおばさんから聞いた
前の家の息子、単身赴任じゃなかった 自分から
「班長になるぐらいなら出ていく」と言ったらしい
1月10日の自分の日記には
「こないだから気になるのは前の家
最近、雨戸の開け閉めの音が聞こえない
寒いからとか面倒だからとかあるのかもしれないけど・・・
お正月も外に出た家族の声が聞こえなかったな
来なかったのだろうか?
気になると車の音も聞こえない気がするけど・・・
民生員さんが回っているから大丈夫だとは思うんだけど
暖かくなってきたら、音も聞こえるかな」
1月17日には
「久しぶりに前の家から車の音が聞こえたよ
土曜日だから医者もやってるところあるけど ちょっとホッとした(最近静かだったから)
そういえば、おじさんももしデイに行っていたら
いや、自分で運転できる人がデイにいかないか」
・・・などとメモしながら気にはしていたんだよ。
でも民生員の人(お寺の奥さん)も回っているし
回覧版もあるから、もし入院とかで留守にしていたら
不在を知らせるはずなので、きっとそのあたりの人らは異変には気付いていたはず
(前の家でも、うちとは班が違う)
でも、最近、倉庫の扉が開いていた記憶があるんだけど
その時はまだお元気だったのか、息子さんが来ていたのかな。
まあ、病気や老衰以外に(交通)事故の可能性もあるけども
前の家とは、近所親戚として昔なら親族と同様に法事に呼び合う家だったけど
(とはいえ、親の時代で世話になっていたことが多いので、うちは格下)
もう田舎でも家族葬も香典不要も定着してきたようなので
(やっぱ、香典受け取るの、うちの母の時が最後だったわ)
今は慌ただしくなることはないけども
お悔やみの気持ちは十分あるのだけど
家を管理する者として、ちょっと困ったなあと思ったのも事実。
というのも、前も
「うちの南の隣地だから、また相続放棄とかして
土地が動くと境界やら測量で厄介なことがあるかもなあ
うちの納屋と近接する、そこの納屋も壊れるまま放置だし(瓦落ちてる) 」
って書いたけど、まじでその納屋がやばい。
そこは昔ながら(亡き母いはく)「しんしょのいい家」で
敷地内だけでも、本家、別棟、離れ。蔵が2つ、店舗跡の建物、
そして昔茶畑だったところに建てた大きな倉庫もある
(私が学生の頃は内職みたいな電線の仕事を請け負っていたみたい。
近所の人が行っていたようだし、うちの父もお金がないので仕事をわけてもらっていた記憶が)
そんなわけで、固定資産税もかなりのものだろうなと思っていた。
なので、うちの敷地に面するだけでも蔵2軒と納屋1軒。
そのうちのの小さい納屋が、うちの納屋に隣接しているのだけど
屋根が結構近くてね。
先月末、ポトポト水滴の音がしているので見に行くと
以前から瓦がかけて雨が漏っている個所で(だから私、下に古い波板敷いてた)
あらためて見たらもうそのあたりの軒下が腐ってぶよぶよ
やばーい! 早くなんとかしてほしい
そして西側の瓦も数枚浮いてるんだけど・・・
(北風や西風なら)こっちに直撃はしなさそうだけど
でも、次の台風とかわからないな」
と日記に書いてて、でも、おじさんも一人暮らしで高齢だし、
費用を考えるとなかなか解体に動くのは難しいかもしれないなとは思っていた。
だけど、屋根をシートで覆うとかの方法でもいいので
次に民生員の人(お寺の奥さん)に会う機会があったら
さりげなく言ってもらおうかとも思っていたのだ。
それが・・・おじさんが亡くなってしまったので頓挫。
次に言うべき息子は、そこに住んでいないし
ほぼ会ったことないし、地区がイヤで家を出たというぐらいだから
あまり家の管理に期待できないし、
そもそも亡くなったばかりの今、言い出せるわけがない。
それに自分から家の管理や近所を気にする子供さんならいいのだが
そこに家に住んでいない、普段話もしないし
家の裏側のことだから、あまり期待できないかもしれない。
時期を見てこちらから声をかけるにしても、
普段家に住んでいないのであれば話もできない。
とにかく亡くなったばかりで落ち着くまで時間もかかるだろう。
状況をみながら、いずれどこか誰かに相談するしかないかな(はあ)
(子供は3人、どう落ち着くかわからないし、いずれ相続放棄する可能性もあるけど、
空き家になっても管理管理義務はあるし)
でも、認知症で施設に入ったおばさんの訃報はないから
お元気(?)だと思うけど
まさかおじさんのほうが先に亡くなるなんて、全く思いもしなかった。
ホントにショック。
享年は、くしくも父と同じ84歳だった。
・・・・・・・・
うちは昔、車が入らなかったので数台分
前の家の敷地の一部を借りて駐車していた。
(というか、子供のころの軽自動車は小型だったので
赤道でも父の運転技術で庭まで通行可能だったんだけどね)
また溝をはさんで橋をつけさせていただいていたので
毎年お礼としてお中元にギフトやお歳暮の時期に
1万円(母は「年貢」と言っていたけど)と野菜などを持って
いつも感謝の意を表していた。
でも、父が亡くなる前、
裏の(クソ婆んちとは違う)家の代が変わった時に
父が息子さんに頼んで、土地を一部譲ってもらい車が入るようになった。
(父の長年の悲願で、それまでの経過に多々の苦労があったのだけど)
そうして裏から敷地内に車が入れるようになったのが
父の最期の置き土産なのだ。
(生前「消防車が入れないと困るので」って親が言っていたけど、
今思うと再建築不可物件の関係だったのかな)
とにかくそのおかげで、今まで前に借りていた駐車スペースを使わなくなったので
前の家への謝礼の負担だけが残ることになったことから
父亡き後の家計を考えて「もう返してもいいんじゃないの?」と私は母に言った。
しかし、「長年の義理があるので、すぐには返すと言えない」とそのままにしていたので
使わない駐車スペースの草取りも仕方なく私は続けていた。
しかし、母に認知症の兆候が現れ、足が弱くなってきた時期になり
母がいるうちに清算したほうがいいと切実に思い、再度母に進言した。
娘だけで「今まで世話になった」と挨拶に行くより、
親の代に借りたのだから親も一緒に行ったほうがいいし、誠意も違うと。
ついでにアレにも連絡して、(普段ろくに役に立たないので)
こんなときぐらい一緒に来いと。
(アレも実家にいる時は、駐車もしていたし橋も使っていたわけだし)
そんなわけで、母は手押し車を押しながら休み休み歩き、
その母の前後を二人で歩き、最後のお礼を持って、前の家を訪ねた。
玄関で3人並んで(亡くなった)目の前のおじさんに
今までの礼と、駐車スペースの返還を申し出た。
そしたらおじさんも、「まあ、向こうが通れるようになったからな」
と納得はしてくれていたけども
そしたらおじさんも、「まあ、向こうが通れるようになったからな」
と納得はしてくれていたけども
橋のことはどうしたものかと思っていたけど
(亡き父が自費で場所的に特殊な形の特注の鉄筋で作った橋なので、
外すことになればそれはそれで厄介は厄介だったけど、
これまで通り使わせてもらえるのであれば、それでもいいとは思っていたが)
しかし、やはりおじさんも「橋もはずしてくれ」と言ったので、
やっぱ、そうだよなあと思って(向こうもさっぱりしたいだろう)
業者も探すこともあるので時間をいただきたい旨を伝えて帰った。
そしてその後、知り合いを通じ町内の業者に頼んで
鉄筋の橋を7万だったかで、はずしてもらいようやく完了した次第。
うちは土地に恵まれていないから
駐車スペースは当時仕方がなかったかもしれないけど
母の畑といい橋といい、ホントに土地は借りるもんじゃないなとしみじみ思った。
(そして通行させるのもダメ。クソ婆みたいに勘違いする奴が出て来るし)
あとが面倒なんだよ。あとがさ。
なので、まだ母が動ける間に、それだけでも清算できてよかったとつくづく思う。
(とはいえ、親の代の厄介な問題はまだまだ残っているので、悩ましいのだけど)
今思うと、あの時おじさんにはっきり
「橋をはずしてほしい」と言ってもらってよかったわ。
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