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野良子猫フクを保護し、数年ぶりに猫を飼い始めた私の、その後フクと過ごした生活と思い出、そして今までのつぶやき
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2025/12/30 (Tue)
そういえば、カニカニ詐欺ってのがあるんだってねw
なんでも「以前買ってもらったので、今回特別価格で提供」とかって
代金振り込ませて、スカスカな奴を送ってくるとか。
これも名簿が出回ってるのか、
あてずっぽうに電話しているのかわからないけど
スカスカでも送ってくるだけマシと言えるのだろうか??
もうカニ丸ごとなんて、十何年も食べてないよ
昔は母の兄である伯父さんが(うちが貧乏なの知ってたから)
元気な頃はよく買ってくれて食卓に並んだことはあったけど。
アレらが泊まりに来る時代は、母もアレらのためにそれらを分けたり、
どっかの店で買ってきていたけど
そうじゃなかったら自分ちだけでカニなんて買えないし、買わない。
カニを食べるためだけに外食もしない。
父が元気な頃に一度連れて行ってあげたかったけどな
そういえば、昔は海のほうに嫁いだ父の妹の叔母さんが
(実はお年玉ももらったことがない苦手な叔母さんだったけど)
うちが母屋だったので、毎年お盆に夫婦で家に来て(食事していく)たび
海苔の束を10束ぐらい、よく土産として持ってきてくれたけど
叔父さんが海苔漁でもしていたのかな?
だから冷蔵庫にはいつも海苔の束があって
平気でバリバリご飯やお餅をを包んで食べていたけど
(昔はお腹がすいたら、炊飯器のご飯を海苔に包んで食べていた)
今はもう伯父さん夫婦も叔母さん夫婦ともにこの世から去り
物価が高騰した今となっては、米も海苔もなかなか。
元々粗食だったけど、当時はあれでも贅沢だったなって思う

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2025/07/27 (Sun)
子どもの頃は1つの地区内で公民館で盆踊りもあった。
今はもうない青年団もあった。
日中から曲をかけていたからうるさくて昼寝ができないぐらい。
近所のお店でアイスクリームを買って食べた。
それから人が少なくなったこともあり(資金の関係もあり)
付近の地区と合同で、公園で夏祭りを行うようになった。
出店やビンゴ、最後は打ち上げ花火もあったらしい。
私は行ったことがないけど(アレたちは泊りに来てた)
そして今は子どもの頃にアイスを買った店は2つともなくなり、
その夏祭りもなくなってしまったから
とても静かなお盆の夜になった。
だから、今の子ども世代は、村の賑やかな明るいお盆を知らない
秋祭の太鼓を使った踊りも、ほら貝の音も。
でも、昔生きていた人々の頭の中には残っていることだろう
私含めて、死にゆく時か、忘れ去る日まで
(ああ、あの時動画を撮影できる機器があったらなあ)

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2024/09/13 (Fri)
まだお給料をもらって余裕があった若い頃

お気に入りの服があったけれど
経年でしょぼれてきたので
もう1枚あったらなあと、
同じものがあればと思って、
ネットで作成してくれる人を探したことがあった

その中で、個人で服を作っている人がいて
相談したらOKだったので依頼することにした
服を送って、型紙を作ってもらい
布とボタンを買って、それも送った。
それも追加して以来したので、2枚。
かなりお金をかけたと思う。

しかし、その後服に腕を通す機会がなかった。
環境も変わり、年を重ね、なかなかそういうデザインや色の服を着れる場所がなかったのもあり。
たんすの肥やしならぬ、洋服掛けの肥やしになっていた。

でも、せっかくという思いがあったから
なかなか処分もできなかった。

こないだ、免許更新の時に、服を探していたら
目に留まって、
そうだよなあ~そろそろ手放してもいいかなあと
もう着ることはんだいだろう、体形も変わってしまったし
ちょっと特異な服だから
1枚は写真に撮ってリサイクルに出そうかなあ
もう1枚は、うーん、まだ残すか
まだ迷っている

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2024/04/12 (Fri)
当時ワークネタのために抜粋してしまったので、
いつのことかわからないんだよなあ
(今はAIがあるからもう需要はない)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数日前にTVのニュースで小学生の子たちが
田植え体験をした映像が流れていた。
「よくあるよねー」と思って眺めていたのだが
ふとあることに気付いて驚いた。
え?裸足じゃないの?!
確かに足が汚れるとか、足に傷がつくとかあるのかもしれないけど
みんな長い黒い靴下(たぶん古い奴)を履いて
田植えをしていたからびっくりした。
今はそんな格好で田んぼに入るんだねえ。
てっきり裸足とばかり思っていたから「へぇー」と思った。
確か自分の小さい時は裸足だったよなあ。
(当時、学校に小さい水田があったんだけど)
たぶんあの靴下は後で捨てそうだよね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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2021/10/15 (Fri)
近所の人がなにかおすそわけに持って来てくれた時
父は「うちもたくさんある」と言って断ったらしいんだけど
それを後で知った母が、
「せっかく持って来てくれたんだから、そういう時は、いらなくても
『ありがとう』って受け取ったらいいの!!」
って父を叱っていたなあ。

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2020/11/05 (Thu)
ただのキャベツ炒め

学校の家庭科で初めて覚えた

家で作ったら親が喜んでくれた

忙しい毎日
なんでもいいから作ってくれるとありがたいって

反対に「何にもせん」と怒られていたこともあったけど

キャベツ炒めで思い出す

そんな私が今は毎日母の世話をしている

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2013/04/23 (Tue)

田の畔にいっぱい生えていたツクシは
もういっぱいのスギナになっている
田に行くたびに母はそのツクシを採って、自分で調理して食べる(私は食べない)
幼いころは採って帰ってきたけど
ハカマをむくのも、胞子の青い粉も苦手だった
  
  
 
私はタケノコは採りに行ったことはないが
小さいころ、母がキノコ狩りが好きだったので
たまに連れて行ってもらったが、どこの山に入ったのか記憶がない
ネズミアシ・スドウシ・マイタケ・マツタケ
昔はマツタケも採れたのになあ・・・
(ちなみに、私はスドウシは嫌いだった)
ちなみに母はゴルフ場の草取りに行っていた時期があるので
休憩時間にキノコを探していたこともあったという
慣れたものなので、まちがっても毒キノコは採らない
でも、当時母が言っていたことには
母は、次のキノコが大きくなるように、小さい物は残しておくが
よそから来た人らは、小さい物も根こそぎ採ってしまうので
次から生えない、荒らしてゆくと嘆いていた
今でも、昔のキノコ狩りの話をすると
母は「あの頃が1番楽しかったなあ」と言う
ちなみに、うちもちょこっと斜面みたいな小さい山林があるよ
全然お金にならないとこだけどね(持ってるだけ)
1度か2度、父に連れられただけなのでいまいち場所を覚えてないんだけど(汗)

そういえば、私の小学校の帰り道に、つくし以外に採っていたものがあったなあ。
通学路の途中で、坂道があり
そこは昔山だったのを切り開いた道で、斜面が山のまんまだったので
(今はコンクリの路肩になっていると思うし、歩くことはほとんどないのでわからないけど)
野いちごとか、イタドリとか、帰宅途中口にして
ぜんまい、わらびとかは持ち帰っていたな(ぜんまいも食べないけど)
 

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2012/01/09 (Mon)
同じく11月18日。これは後ろのお団子みたいな模様を撮りたかったので。

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* ILLUSTRATION BY nyao *