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野良子猫フクを保護し、数年ぶりに猫を飼い始めた私の、その後フクと過ごした生活と思い出、そして今までのつぶやき
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2012/05/30 (Wed)
4月5日

父を見守る中で、困ったのは母の態度でした。
普段から母は
父に対する愚痴を毎日毎日、何につけても言っていました。
これは長い夫婦生活の中で培われた、母の悲しみ・苦しみのせいです。
とはいえ、私が生まれる前のことなので詳細は知りませんが
相当、金銭面や女性問題等、父のせいで苦労したようです。
それを今鬱憤はらすようにして父を罵倒し、嫌味を言い、けなしているようですが、毎日愚痴を聞かされるほうとしては、たまったものではありません。
私が「やめてくれ」と言っても、「それも子供の仕事だ」と開き直り。

自業自得とは言え、今の父にとってはかなりのストレスになっていたと思います。
ですから、今回の病気のことで私が懸念しているのは、
精神的なストレスは心身ともに大きく左右するため、退院して家に戻っても、母がネチネチ言い続けていては、病が悪化してしまうのではないかということでした。

父は体をよくしようと、私が勧める健康食品もがんばって飲んでいました。
しかし、母はそんな父を見て「そこまでして生きたいのか」と言うのです。
私が父のために、夜遅くにいろいろ煎じていたりしているのを見て
「あんな奴にしてやる価値はない。お前がそこまでしてやることはないんだ」と言うのです。
その時、私は悲しくて仕方がありませんでした。泣けました。

なぜ、こんな時にそんなことを言うのか。
いくら過去がひどい人でも、目の前で死にかけている人を足蹴にするようなマネができるのかと

そう言ったら
「お前には私の気持ちがわからない」と言いました。

それぐらい母の傷は深いです。

でも長年連れ添ってきたのですから、母にも愛情はあると思います。
当初、母にはショックを与えないように婉曲に父の病気のことを言いましたが、それではわかってもらえなかったようで(もしくは高齢で忘れるらしい)
相も変わらず父をボロクソに言っていたこともあり、後先考えずに父の症状を人にベラベラとしゃべっていたので、さすがの私も呆れを通り越して怒鳴っていました。
その時の私の言葉でようやく、母は父の病の重大性を認識したようです。

以来、少しは態度がおとなしくなりましたが
気がゆるむと、父の前でグチを言いかけたりするので、注意が必要な感じです。

しかし一方、母は車が運転できず(免許が取れなかったのは父のせいだと言います)
体も背中が曲がって不自由(これも父のせいらしいです)・・・なため
たまたま時間の自由がきく私が代わりに病院へ行っているのですが
それがまた母にはなんだか気になるみたいなんですね。
なんか、こう・・・「妻としての立場」っていうんでしょうか。
自分で行きたいのに行けない。世話をしたいのにできない。
父はどう思っているだろうとか、親戚や見舞客が来たらどう思うだろうとかいろいろ気になるみたいで、
おかげで、私に嫌味を言ってはキレて拗ねてしまうので困ったものです。
家族いはく「嫉妬してるんだよ」と言われても・・・なあ・・・

母は今では父のことが心配で、神仏に拝んでいるぐらいです。
それを聞いた父は「そんなに心配なら、毎日嫌味を言わないといいのになあ」と言って苦笑をしています。

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2012/05/28 (Mon)
4月3日

夜の8時に家族が病院に集まって、父の術後の説明を聞いてきました。

やはり、検査結果はよくはなかったです。
思ったより病気が進行していました。

退院後、術後の体力回復を待って、投薬するかどうか医師が相談すると。
(その薬も効き目があるかどうか)
いずれにせよ持病を持っているので、なかなか難しそうです。

この日私は日中もいつもより長く父のそばにいました。
夜に父ががっかりしないといいなと願いつつ
できるだけ触っていました。

でも、医師からの説明に、父は落ちこんでいました。
昼間はとても元気だったのに。

母は少し涙ぐんでいました。

姉はその時父を励ましていましたが
「悪いことは考えないようにしてたけど、ショックだった」と
後でメールしてきました。

私は・・・あってほしくないと思いながらも半ば予想していただけに
誰よりも落ち着いていたと思いますが
それでも、父の心が心配で、レイキをしなくてはと伸ばした手は
少し震えていました。
面会時間が午後9時まででしたのでほんの少し
20分もできなかったように思います。

たぶん、父は今夜眠れないと思います。
泣いているかもしれません。

私は医師に栄養指導の予約をとってもらったので
明日もいつもどおりに病院へいきます。
父のために用意した水とお茶とバカ高い健康食品をいくつか携えて。

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2012/05/28 (Mon)

4月1日

私は今、時間の融通がきくので
高齢の母の代わりに入院している父の付き添いに午後~夕方の間行っています。

父は先々週大きな手術をしました。
本当は高齢で持病があるので、手術後のことも心配でしたが
病院の外科医の判断で、手術は可能ということで
とにかくまずは病気の進行をできるだけとめないと・・・と行ったわけです。
手術はなんとか終わったようで安心しましたが
手術直後、医師から思ってもみなかったことを言われ
一気に不安に包まれました。
(母は意味がわからなかったようですが)
もしかしてすでに進んでいた?遅かった?

その後、今はまだ医師から検査結果も出ているのかいないのかはっきりとは説明されていない段階です。
それは、もしかしたら父の体力を慮って、回復した上で説明されるのかもしれませんが、私も医師から何を言われるのかと思うと怖くて仕方がありません。

目を覚ましてからの父が「手術はどうだった?」と聞きましたが、
私はあえて不安になることは言いませんでした。
精神的なショックが悪影響を与えるといけないと思ったからです。
これまでもずいぶんと父には堪えたと思います。
父は「何くそ、病気なんかに負けるか」という人でもなく
「もういい年だから、いつあの世へいってもいいんだ」という人でもなく
リスクのある手術も検査も怖くて、
本当に死に対する恐怖が大きいので(それはある意味正常ですが)
それを思うと、じわじわと体を蝕む病気は父にとってなんて酷なことだろうと心が痛みます。
(ちなみに女性の方が肝が据わっているかもしれません)
実際泣けてきます。
まだ合併症の危険もわかりません。(あとでわかりこともありますし)
父がベッドの上で口にする体の症状も
それが単なる一般的なものならいいのですが
もしかしたら病気の症状の進行の現れかもしれないと思うと
不安でたまりません。

でも、父にそんなことは言えませんし、
父の方がもっと不安に思っていると思うので
「いちいち気にしていたらきりがないよ」
「先のことを気にしても仕方ないよ」って言っています。

本来は1週間もたてば長時間の付き添いは不要かもしれませんが
術後、個室にいれられ(年寄りは夜にぼけることもあるらしいとのこと)
1日じゅう独りでいれば、かえって気がめいりますし、
心配でできるだけ一緒にいたいので、食事の準備はもちろん、
気がまぎれるように話し相手になったり、歩きの訓練につきあったりしているのですが、病院の駐車場が有料なので、続けて長時間いられないのが残念です。(出たり入ったりして節約しています)

今日、帰る時に父が
「ああ、また夜か~、夜が来るとイヤだなあ・・・」
とつぶやきました。

たぶん、夜になると、いらないことを(イヤなこと・不安なこと)を考えてしまうからなんだろうな・・・と思いましたが、眠るまでいられませんしね。
(入院前はレイキをしてから寝ていました)
後ろ髪をひかれながら帰りました。

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2012/05/28 (Mon)
今となってはもう過去のことですが、
病期が発覚してまだ3カ月弱。
願いもむなしく、父はこの世を去ってしまいました。
この数カ月はとてもつらくて悲しくて、そして愛しい時間でした。

フクに続いて、私はまた大切な存在を失ってしまいました。

それでも、忘れてはいけないと思うので
別のところに書いてあった文を書きうつします。


2月のはじめ
突然父の重大な病の前兆が発覚し
検査後、それは確定となりました。
正直、現代の医学ではたいした治療法もなく、厳しいものでした。
たしかに高齢ではあるのですが
その時私は初めて親の死期が近いかもしれないことをひしひしと感じました。

以来、なんとか体にいい食品や方法はないだろうかと情報を集める傍ら
父にしぼってレイキをするようになりました。

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2012/04/19 (Thu)
最近父のことで不安があるせいか
再び悪夢を見ているようです

ようです、というのは
見ていた気がするけど内容を覚えていないというのもあるので。

でも、今朝は怖くて目が覚めた夢でした。
これも前後はあまり覚えていなくて

覚えているのは
地元のようなのに知らない場所で
車で通ったことのない道路を走ってみて
行き止まりだったり、
橋を渡ろうとして急ブレーキを踏んだら
なぜか橋が途中で切れていて危うく落ちるとこだったり
(よくもまあ、そんなところ止まったもんだと思う)

そんな中である敷地内とかにも入るのだけど
その時には車じゃなかったような
あちこちの家の敷地は昔の面影もなく、といった感じで
でもって、自分の家っぽいところに入っていくのですが
部屋の中で自分を待っていたのは
それはそれは恐ろしい人・・・っていうか、人形のような人
ぎくしゃくとした動きで厚く化粧で塗り固めたような女と
のっぺりした顔と口から見える牙のようなものを見せながら近づいてくる男

それが怖くて目を覚ましてしまった。
しばらくすぐに眠れなかった。
レイキで浄化

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2012/04/16 (Mon)
最近気がついたんだけど
っていうか、暖かくなってきたので
草取りをしようと外に出て気がついたんだけど

もしかしてあれは鼻黒の仕業なんだろうか
離れの家のコンクリのところに
フンが2か所あったんで

なんで他に土のある場所があるにもかかわらず
コンクリの上でするかなあ?
でも、今忙しいんでそのまま(汗)

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2012/04/03 (Tue)
昨夜は父のことでいろいろあって
それでも眠気に勝てず寝てしまったんですが

朝方地区の放送があって
起こされてしまい、その後変な夢をいくつか見た気がする

はっきり覚えていないが
覚えているのはなんか宗教っぽいところの場所で
それがすごく汚い感じ
しかも、怖い感じ
そんな時、なんか梵字が書いてあるような何か四角いものが青い光?とともに現れ
私はレイキのシンボルを書いて、
まるで刀で切るようなことをやっていた

という夢です。
何をしていたのか不明。浄化しているつもりだったのかな?
でも、夢にレイキが出てくるのは初めてかも

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2012/04/03 (Tue)
鼻黒は朝日のあたる場所で待っていて
カーテンをあけるとやってくる

しかし、最近いい場所を見つけたらしい

それは母がプランターの横においたままの
もみがらの入ったダンボール箱
ちょうど屋根の下にあるので
今日の嵐もそこに入っていたらしい

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* ILLUSTRATION BY nyao *