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野良子猫フクを保護し、数年ぶりに猫を飼い始めた私の、その後フクと過ごした生活と思い出、そして今までのつぶやき
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2012/06/02 (Sat)
4月12日

日午前11時から退院後、父につきそい
始めて外科外来に行ってきたのですが
血液検査でショックを受けています。
正常ではありえない数値が・・・(たくさん×)

待ってる間ずっと父の手を握っていた私ですが
またもや目の前が真っ暗になり、体が震えました。
先生は父の手前言葉を濁していたけど、たぶん病気の悪化が進んだ・・・
(進行が非常に早い病気なので、正確にはすでにそうなっていたんだろうという感じでしょうか)

まだ退院して数日なのに・・・
私なりに入院時の食事とか参考にして
食事療法も頑張っていろいろして来たけど
何をどうしたらいいのか、
もう私では、家ではフォローできないかもしれません(泣)
病院でずっとみてもらうほうがいい気がする・・・

と、つい待合室で弱音を吐いてしまって、
父に「何も悪いことはしてない。病気になったのが悪いんやで」と反対に慰められる始末。
「どこもおかしくないのになあ?」と父は言ってますが・・・やはり厳しいと思います。
とりあえず、内科の入院は別なので予定通りするらしいですが
今は術後の回復期なので、投薬もできず。

帰ったのは夕方4時すぎ
それから父のお昼ごはんを作りました

またレイキで充電して、気持ちを立て直します。
まだ最悪じゃないから

(でも、これから何度も同じ気持ちを味わうんでしょうね)

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2012/06/02 (Sat)
4月8日

春眠・・・といいますが
私は以前いつでも寝つきは悪い方でした。
しかも、憂鬱なことや心配なことがあると眠れず
月曜日の朝は決まって寝不足になっていたものです。
また、眠りが浅いのでやたら夢を見たり
すぐに目を覚ましたり、寝心地が悪いと眠れないタチでした。
(なので、学生時代も授業中に寝るとか絶対無理)

ですが、今はわりと眠れています。
昨年環境が変わったこともありますが
確かに父のことがあってから、心配で夜も眠れなかった日はあります。
ですが、それも数日です。(今のところ)
気疲れのせいか、レイキのおかげか知りませんが
自分にしては結構パタリと寝てしまっています。

ところで、家の居間は古い部屋ですが、冬はもちろん今でもかなり長く日が当たるので、窓際はとても温かいです。
家の中で日向ぼっこしている感じで、父はよくそこで居眠りしていますし、
野良猫も部屋の外で、くつろいでいます。

今日も父がそこで横になって寝ているので
90度ぐらい角度は違いますが
父の頭に手を当てながら私も横になっていました。

ヒーリングしている時は(毎回ではないですが)
リラックスしている時はかなり自分も眠くなります。
うとうとしている感じで心地いいです。

ですが、今日は自分でうとうとしている感覚はあったのですが
どうも寝ていたみたいで
父に「お前、いびきかいてたぞ」と言われました。
全く気付かなかったです。
(やっぱ寝ていると意味ないですよね?)

その後は再び気を取り直してトライしたところ
今度は父がグーグーいびきをかいて眠りこみました。
後で父が言うにはめずらしく夢を見たと言っていました。
なんでも「劇を見にいって弁当を食べていた」とか。
実際はそんなところに行かないので妙におかしかったです。




と、昼間はそれなりにのんびりしていますが
夜は夜で、病気の情報を検索しては落ちこんだり、
不安になってしまいます。
正直知らない方がまし・・・とも思います。
知っても知らなくても経過する時間は同じだけど
知らないまま(何も言わない)医師の言うなりなのも怖いので。
・・・寝る前に自己ヒーリングします・・・
父がよく眠れますように

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2012/06/02 (Sat)
4月7日
夜中の1時半、ようやく(すでに今日の)父の献立をなんとか作り終えました。
といっても、カロリーが足らな~い。
でも、これを摂取すると、糖分が増えてしまう~
ということでジレンマに陥っていました。

さて、おかげさまで昨日の午後、父が(外科を)退院しました。
また10日ほどして、今度は内科で入院するんですけども
帰りに父の食材を買いに店に寄りました。
買いものをしている間、父には座って待っていてもらったんですが
やはり、背もたれがなく固いベンチで座っているのは、かなり疲れたようで反省。
先に家に送り届けてから別途買いものに行くべきでした。
(実際、その余力はなかったんですけど)
でも、車に乗っていても痛みがなかったのはよかったと思います。

で、内科への入院は、実はすぐに出来たみたいだったんですが
どうも父が一度は家に帰りたいと医師に言って、1週間後でも早いということで、10日後になったそうです。
そんなわけで、10日間は家に戻る形なんですが
うるさいオババがいても、やはり家がいいんですね。

家に戻ると気が緩んだのか、
なんか病院にいる時のほうが元気だったような。
それに同じ市内でも自宅は山のほうなので寒いせいもあるかも。
できるだけ冷やさないようにしなくては。

と早めにふとんに入った父の頭を、ベッドの横から片手で触れて
いつものように「抜く、抜く」と思いながらヒーリングをしていたのですが。

隣の部屋からカラオケで歌っている母の音のはずれた声が聞こえて
(気、気がが抜ける・・・)と脱力。

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2012/05/30 (Wed)
4月6日

病院の父から電話があって

数日前から退院できそうな話があったけど
それがようやく明日(じゃなくて今日)の午後に決まったみたい。
懸念材料は多々あるけれど
とりあえず術後の回復状態は高齢にしては至極順調だったので
父の頑張りと、私の飲ませていたものと
皆さんのおかげだと思います。
ありがとうございましたv

(多少食欲は落ちていますが、それはおいおい)

なので、昨日は今日の退院のために片づけの準備をして
大きな荷物だけ先に持って帰ってきました。
とりあえず、家で1か月ほど療養し体力が回復したら
外科のほうで今後のことを・・・ってことらしいですが
内心、1か月も放っておいていいのか?と思わないでもなかったです。
(なにせ、手術が決まって実際手術するまで1か月かかって、アレでしょ?)
でもまあ、回復が先なのは本当だし、
だからといって病院任せにはできないから、
その間も無駄にせず、できることはこっちでやるつもり。

とはいえ、病院に行かなくてもいいとか
父が家に帰るのは喜ばしいけど
食事の支度がまた大変だなあ・・・

今回の手術で合併症が危惧されたように
大きなことにはならなかったものの
年齢的なものもあり、機能が落ちていると内科医から言われました。

そんなわけで、一昨日(以前お世話になった)その専門内科医の診断により再度、治療の見直しが必要だと言われました。
確かに一度はここの総合病院で治療してもらったものの
その後食事療法が安定したため、近所のかかりつけ医に回されて今にいたります。
その後、数年経ちましたが食事に対する指導は一切ありませんでした。
なので、こちらとしても、今までのような食事制限でいいのか不安だったので、治療の見直ししてもらうほうがいいと父と話をしていました。

外科が一段落したら、一度内科へということで
日はこれから相談するということで、一昨日は話が終わったんですが。

先に書いたように寝不足で、しかも、退院で気が緩んだせいか
頭が働かず、もう今日は休むか?う~ん
そうだ、アドバイスしてもらったように
久しぶりに自己ヒーリングに時間をとろう。
と、自室に戻って実践。
んが・・・眠い・・・いつのまにか横になっててウトウト。

としてたら、いきなり夜の9時過ぎに「病院から電話~」と呼び出され
思わずギョッ!と飛び起きた私。
父に何かあったかと思って母から電話を代わり受話器をとると
先日の内科の先生から「入院して下さい」と指示がきたらしく
看護師さんによる日にちの確認の電話でした。(ほっ)
本人さえ都合がよければ、家族は問題ないと回答したけれど。
(入院中の父はすでに寝ていたので、自宅にかかってきたらしい)

たぶん、父もそれでいいと思う。
昼間も「ちょうど診てもらってよかった。やはり専門医に診てもらった方がいいから」と言っていたので。
それに外科からは宙ぶらりんな期間なので、その間内科で体調管理してもらったほうがいいかもしれないとも思うし。

そんなわけで、父は外科は退院しますが
家に帰って約1週間後、今度は内科に入院する予定。

まあ、高齢だからどこもかしこも悪くなるよね。

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2012/05/30 (Wed)
4月5日

父を見守る中で、困ったのは母の態度でした。
普段から母は
父に対する愚痴を毎日毎日、何につけても言っていました。
これは長い夫婦生活の中で培われた、母の悲しみ・苦しみのせいです。
とはいえ、私が生まれる前のことなので詳細は知りませんが
相当、金銭面や女性問題等、父のせいで苦労したようです。
それを今鬱憤はらすようにして父を罵倒し、嫌味を言い、けなしているようですが、毎日愚痴を聞かされるほうとしては、たまったものではありません。
私が「やめてくれ」と言っても、「それも子供の仕事だ」と開き直り。

自業自得とは言え、今の父にとってはかなりのストレスになっていたと思います。
ですから、今回の病気のことで私が懸念しているのは、
精神的なストレスは心身ともに大きく左右するため、退院して家に戻っても、母がネチネチ言い続けていては、病が悪化してしまうのではないかということでした。

父は体をよくしようと、私が勧める健康食品もがんばって飲んでいました。
しかし、母はそんな父を見て「そこまでして生きたいのか」と言うのです。
私が父のために、夜遅くにいろいろ煎じていたりしているのを見て
「あんな奴にしてやる価値はない。お前がそこまでしてやることはないんだ」と言うのです。
その時、私は悲しくて仕方がありませんでした。泣けました。

なぜ、こんな時にそんなことを言うのか。
いくら過去がひどい人でも、目の前で死にかけている人を足蹴にするようなマネができるのかと

そう言ったら
「お前には私の気持ちがわからない」と言いました。

それぐらい母の傷は深いです。

でも長年連れ添ってきたのですから、母にも愛情はあると思います。
当初、母にはショックを与えないように婉曲に父の病気のことを言いましたが、それではわかってもらえなかったようで(もしくは高齢で忘れるらしい)
相も変わらず父をボロクソに言っていたこともあり、後先考えずに父の症状を人にベラベラとしゃべっていたので、さすがの私も呆れを通り越して怒鳴っていました。
その時の私の言葉でようやく、母は父の病の重大性を認識したようです。

以来、少しは態度がおとなしくなりましたが
気がゆるむと、父の前でグチを言いかけたりするので、注意が必要な感じです。

しかし一方、母は車が運転できず(免許が取れなかったのは父のせいだと言います)
体も背中が曲がって不自由(これも父のせいらしいです)・・・なため
たまたま時間の自由がきく私が代わりに病院へ行っているのですが
それがまた母にはなんだか気になるみたいなんですね。
なんか、こう・・・「妻としての立場」っていうんでしょうか。
自分で行きたいのに行けない。世話をしたいのにできない。
父はどう思っているだろうとか、親戚や見舞客が来たらどう思うだろうとかいろいろ気になるみたいで、
おかげで、私に嫌味を言ってはキレて拗ねてしまうので困ったものです。
家族いはく「嫉妬してるんだよ」と言われても・・・なあ・・・

母は今では父のことが心配で、神仏に拝んでいるぐらいです。
それを聞いた父は「そんなに心配なら、毎日嫌味を言わないといいのになあ」と言って苦笑をしています。

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2012/05/28 (Mon)
4月3日

夜の8時に家族が病院に集まって、父の術後の説明を聞いてきました。

やはり、検査結果はよくはなかったです。
思ったより病気が進行していました。

退院後、術後の体力回復を待って、投薬するかどうか医師が相談すると。
(その薬も効き目があるかどうか)
いずれにせよ持病を持っているので、なかなか難しそうです。

この日私は日中もいつもより長く父のそばにいました。
夜に父ががっかりしないといいなと願いつつ
できるだけ触っていました。

でも、医師からの説明に、父は落ちこんでいました。
昼間はとても元気だったのに。

母は少し涙ぐんでいました。

姉はその時父を励ましていましたが
「悪いことは考えないようにしてたけど、ショックだった」と
後でメールしてきました。

私は・・・あってほしくないと思いながらも半ば予想していただけに
誰よりも落ち着いていたと思いますが
それでも、父の心が心配で、レイキをしなくてはと伸ばした手は
少し震えていました。
面会時間が午後9時まででしたのでほんの少し
20分もできなかったように思います。

たぶん、父は今夜眠れないと思います。
泣いているかもしれません。

私は医師に栄養指導の予約をとってもらったので
明日もいつもどおりに病院へいきます。
父のために用意した水とお茶とバカ高い健康食品をいくつか携えて。

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2012/05/28 (Mon)

4月1日

私は今、時間の融通がきくので
高齢の母の代わりに入院している父の付き添いに午後~夕方の間行っています。

父は先々週大きな手術をしました。
本当は高齢で持病があるので、手術後のことも心配でしたが
病院の外科医の判断で、手術は可能ということで
とにかくまずは病気の進行をできるだけとめないと・・・と行ったわけです。
手術はなんとか終わったようで安心しましたが
手術直後、医師から思ってもみなかったことを言われ
一気に不安に包まれました。
(母は意味がわからなかったようですが)
もしかしてすでに進んでいた?遅かった?

その後、今はまだ医師から検査結果も出ているのかいないのかはっきりとは説明されていない段階です。
それは、もしかしたら父の体力を慮って、回復した上で説明されるのかもしれませんが、私も医師から何を言われるのかと思うと怖くて仕方がありません。

目を覚ましてからの父が「手術はどうだった?」と聞きましたが、
私はあえて不安になることは言いませんでした。
精神的なショックが悪影響を与えるといけないと思ったからです。
これまでもずいぶんと父には堪えたと思います。
父は「何くそ、病気なんかに負けるか」という人でもなく
「もういい年だから、いつあの世へいってもいいんだ」という人でもなく
リスクのある手術も検査も怖くて、
本当に死に対する恐怖が大きいので(それはある意味正常ですが)
それを思うと、じわじわと体を蝕む病気は父にとってなんて酷なことだろうと心が痛みます。
(ちなみに女性の方が肝が据わっているかもしれません)
実際泣けてきます。
まだ合併症の危険もわかりません。(あとでわかりこともありますし)
父がベッドの上で口にする体の症状も
それが単なる一般的なものならいいのですが
もしかしたら病気の症状の進行の現れかもしれないと思うと
不安でたまりません。

でも、父にそんなことは言えませんし、
父の方がもっと不安に思っていると思うので
「いちいち気にしていたらきりがないよ」
「先のことを気にしても仕方ないよ」って言っています。

本来は1週間もたてば長時間の付き添いは不要かもしれませんが
術後、個室にいれられ(年寄りは夜にぼけることもあるらしいとのこと)
1日じゅう独りでいれば、かえって気がめいりますし、
心配でできるだけ一緒にいたいので、食事の準備はもちろん、
気がまぎれるように話し相手になったり、歩きの訓練につきあったりしているのですが、病院の駐車場が有料なので、続けて長時間いられないのが残念です。(出たり入ったりして節約しています)

今日、帰る時に父が
「ああ、また夜か~、夜が来るとイヤだなあ・・・」
とつぶやきました。

たぶん、夜になると、いらないことを(イヤなこと・不安なこと)を考えてしまうからなんだろうな・・・と思いましたが、眠るまでいられませんしね。
(入院前はレイキをしてから寝ていました)
後ろ髪をひかれながら帰りました。

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2012/05/28 (Mon)
今となってはもう過去のことですが、
病期が発覚してまだ3カ月弱。
願いもむなしく、父はこの世を去ってしまいました。
この数カ月はとてもつらくて悲しくて、そして愛しい時間でした。

フクに続いて、私はまた大切な存在を失ってしまいました。

それでも、忘れてはいけないと思うので
別のところに書いてあった文を書きうつします。


2月のはじめ
突然父の重大な病の前兆が発覚し
検査後、それは確定となりました。
正直、現代の医学ではたいした治療法もなく、厳しいものでした。
たしかに高齢ではあるのですが
その時私は初めて親の死期が近いかもしれないことをひしひしと感じました。

以来、なんとか体にいい食品や方法はないだろうかと情報を集める傍ら
父にしぼってレイキをするようになりました。

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* ILLUSTRATION BY nyao *