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野良子猫フクを保護し、数年ぶりに猫を飼い始めた私の、その後フクと過ごした生活と思い出、そして新しいネコとの出会い
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2013/05/12 (Sun)
なんとか父の1周忌が終わりました。
早いものですね・・・
忙しさと、体調不良の眠気で、最近はあまり泣きませんが
情緒不安定になるとヤバイです・・・

お墓参りも行けなくてごめん
行きたいけど行けない・・・
どうしても一緒に行くのがイヤなので
また折をみて行きますから

どうか母を見守って下さい

にしても、1周忌の日だけ雨が降るなんてね
追善供養の時の墓参りは、いつ晴れだったのに

慌てて傘立てを準備しておいてよかった

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2013/05/05 (Sun)
昨日のことだが、3日の記事を書いてから
まさか数時間後に青ざめることになるとは思わなかった。

つい遅くなり、寝なくては・・・と思ったのが
深夜1時ごろ。
歯をみがき、あとは・・・ポットの水を確認して・・・
と思った時、母が寝ている隣の部屋から何か声が聞こえたが
すぐに静かになったので
あれ?気のせいかな?それとも、母の寝言??
と思って、でも気になって母の部屋の戸を開けると
ちょうど母が起きて開けようとしたところで鉢合わせになり驚いた
向こうもびっくりしていたようだが
ただ、単にトイレに起きただけかと思ったら
(9時半に寝た)母が言うには、寝ていたら急にドキドキして心臓があおって
血圧はかったら高くなっていたとのこと。
そこで、かかりつけの医者から以前もらったという薬を飲もうとしたが、見当たらない。
仕方がないので、市販の「救心」を飲んだらなんとかおさまったというではないか。
そう話した時点ではおさまっていたからよかったものの
早く言ってほしい。母も言おうか迷ったらしいが、ドキドキものだ。
しかも、母は数年前に脳梗塞も患っているし
何より、この5月は父が亡くなった月で一周忌も近い。
昨年のこの時期は父にとっても、私にとっても悪夢であり
まさにこの連休中は、体調がすぐれず医者に行きたくても行けないという、父にとって苦痛の連休だったのだ

私は父をずっと近くで付き添っていたから、思い出すたびに泣いていた。
辛い絶望の毎日を思い出したくなくて、最近はわざと自分に暗示をかけるように
脳裏に霞をかけていた
それが、母の言葉を聞き、いっぺんに父のことがフラッシュバックした。

折しも1周忌が近い。まさか、母をあの世に連れて行かないよね?
その日仏壇の掃除をしたのに、
まさか掃除の際に、長年めちゃめちゃ汚れていた観音様を洗剤つけてごしごしこすったからだろうか。
それとも、古ぼけた不気味な日本人形を、「欲しがらないと思う」といったからだろうか。
と、ついつい、よからぬことを思ってしまう。

私は仏壇に亡き父や、母方の祖母に「母を連れて行かないで」「母を守って」と祈った。
天使さまにも祈った。

怖くて怖くて、私の部屋は2階だったが
夜中の3時ぐらい、母が寝てしまったことを確認するまで、母の部屋で雑魚寝していた。
完全に寝不足になると思ったが、頭が緊張してろくに寝られなかった。

朝、母の顔を見てホッとした。
朝の血圧はよいようだ。
しかし、何かあってはと不安で、市の応急診療所に電話をかけ、初めて母を連れていくことにした。
かかりつけ医は休日には連絡がとれないから仕方がない。
応急診療所は、内科小児科歯科ぐらいで
そこは思ったより綺麗な場所で、でも、思ったより混雑はしていなかったが
次から次へと入ってくる。
大体は、子供が多い。次は老人といいたいところだが、そうでない成人も多い。
うちのように、老人の付き添いの二人・・・はあまりみかけなかったな。

診察では、問診と聴診器、血圧
まあ、それぐらいだろうと思ったら、念のため心電図も計測してくれて、異常なしで安心した。
母は、また同じようなことが起きた時に、と薬が欲しそうだったが
医師の話によると、母が以前もらったのは狭心症の薬で(ニトロ?)
動悸とは違うらしい。なので、薬はなかった。

でも、診てもらってちょっと安心。なにせ、連休が明けるまであと3日あるんだから。
とりあえず、その日の午後には母も何事もなかったので、よかった


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2013/04/30 (Tue)
昨夜フクの文集があと少しと思い、
ブログから転載していたのだが
フクの亡くなった時の悲しみを思い出して泣き
そして続く父の死も思い出し
思い出したくない記憶がよみがえり
眠りにつくことができなかった

そんな今朝、起きる直前の夢には父が出ていた
これまでも何度か夢に見てはいるのだが
最近は記憶が薄くてここに記録できないぐらいだったが
今朝は目覚める直前だったので、忘れないうちに書いておく

話の前後は不明だが、新聞のチラシか何かで
物をつぶすことができる?ローリー車のような作業車というか、農業車が必要だと思ったらしい
父の運転する車で、その場所に向かった
結局そこは休みだか、なんだかよくわからないが話があまり進まず購入しなかったらしい
(まあ、見に来ただけということもだるだろうが)
案外近くにあって、他にも用事があって寄ったようだが
(なぜか食べ終わった弁当のパックとか、3つぐらいかばんにしまっていた私)

その帰り道、父の様子がおかしい気がしたので
私は「体がえらかったら、言ってよ。私が代わりに運転するから」と言って。
なんかお腹がおかしく気持ち悪いという父に
私は逆流性食道炎のことを思い、
「あ~、あれ気持ち悪いよね、母なんかさっさと治せみたいなこと言うけどさ。
そんなにさっさと治るなら、困らないよねえ」と相槌をうつと
父は母のことを思い出したのか、苦みつぶしたような顔をしてボヤいていた。
(実際は、私が逆流性食道炎と診察されたのは、父の死後だし、
父が診断されたあとは父は運転はしていない・・・だから夢だ)

(その途中記憶があいまいだが)なんか途中で私は車を降りたらしいのだが
道に戻ってみると、車が前に進んでしまっていたようで
後ろから車が来たら仕方ないよなと思いつつ
それほど進んでいないみたいで、先の方に視線を移せば
数メートル先に、父の車が路肩にとめられていて、父が車から降りているところだった。
私が呼びかけようとした矢先、父は私でない人に話しかけていて
それがなぜかよくわからないが、郵便局の人たち?
父は「あれを(私に)預けるのを忘れていた」みたいなことをと言いながら近づいてゆく。
その先には父と懇意にしていた局長がいて
その向こうでは職員らしき人が「マイナスですが・・・」というと、局長は「仕方がない」と答えていた。
なんのこと?まさか父の通帳の残高?
え~。マイナスなんかならないと思うけど。と思っていたように思う。
反面、まさか私に渡す物って貯金じゃないよね、そんな遺言みたいなことやめてと怖くなったり。
局長は「まさかあれを(この子にも)預けることがあるとはなあ」と
まるで前にもあったような雰囲気で。
あれって何?まさか定額貯金証書じゃないよね。まさか自分の葬式代?
お父さん、死んでないのに、そんなことしないで。
悲しくなって私はうつむいていた。

そんな夢だった。
実際は、父はそんなことはしなかった。
最期まで父は生きようと、生きたいと思っていた。
亡くなる数日前、お見舞い金を通帳にいれたことを見せても
眺めるだけで何も反応がなかった父。
もうどうでもいいと思っていたのかどうか。
父は最期まで遺言を残さなかった。
局長は

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2013/03/19 (Tue)
父の品と、その思い出を少し書く

お父さんの服は、ほとんど処分したけど
まだ少し残っている
捨てるのがもったいないぐらいのスーツと
普段私でも着られるもの
中でも寒がりだった父はジャンパー類が多かった
否、寒がりでなくても何十年と生きていれば多くなるか

その中の1つのジャンパーは
特に父がよく着ていたもので
古いというか、しみや火の粉の穴とかの汚れがあるが
中が暖かそうで、捨てずにこの冬私が家の中で着ていた。
そのジャンパー、生前父の背中を見ながら私はよく言っていたものだ

「お父さん、これ穴があいてるじゃない。
もっと新しいの、買えばいいのに。
みっともないなあ」

でも、いざ自分がそのジャンパーにそでを通してみたら
父が手離さなかったことが納得
これは、暖かいわ
てなわけで、汚いながら、私も捨てられずにいるのだった

・・・・・・・・・・・・・・・・

父が亡くなって、もうすぐ1年になる先日
父宛に、免許の更新および高齢者講習のお知らせハガキが届いた
そうだよなあ・・・死亡届ないもんな
お父さん、最後まで車の税金を払おうとしてたし
元気なうちに、免許を返すこともできなかったね
あんだけ、運転危ないよって言っていたのに
いつも高齢者講習で、認知テストの出来がよかったことを自慢げにしていたのに
もう、更新できないんだよね
きっと、生きていたら、また更新に行こうとしただろうに
それを思うと、ちょっと泣けてくるな

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2013/03/08 (Fri)
それまでは普通に過ごしていたのに
昨夜、部屋を暗くして、ふとんに入って横になっていると
また父の亡くなる前日から当日のことを思い出して
泣けてきた
泣くと鼻水が出て、鼻がつまる
そのためしばらく眠ることが出来ずに
翌朝寝不足になる

いつになったら、忘れることができるんだろう
いつになったら泣かなくなるんだろう

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2013/02/03 (Sun)
といっても、節分が悲しかったわけではありません。
たまたま今日が、悲しかっただけです。

体調もよくありませんが
気分も最低です
今日も母の言葉ですごく悲しくなりました
でも、母は私が気にいらないから泣いたと思っています
たしかに、気がいいとはいえません。
好きで田も相続したわけではないのに
母が自分が管理するのが面倒だから押しつけただけなのに
「お前の田」とか「名義を替えた」とか言うので、悲しくて腹立たしくなったのです

そして、それはやはり父の死があったからで
だから泣きました
たぶん、泣かなくてもいいようなこととおもうだろうけど
泣けました

でも、母にはわかりません
母にはただのわがままと思われています
なので。私だけが異質。
周りが正しくて、私がおかしい
母は私が元の状態になることを願ってはいますが
願って説教するだけでわかろうとはしません

しかも、黙っていればいいのに
わざわざ説教を紙に書くので、怒りで頭が沸騰しそうでした
やはりおかしいのかな
お金と、十分な収入の仕事があったら
一人暮らしするのにな

と、何度も何度も涙を流した日ですが
今日は節分
父のいない初めての節分

父はこういう行事は結構マメな人でした(シャレじゃないよ)
家族の誰も一緒にしないのに
一人だけ(まあ、一家の主がするらしいけど)豆を持って部屋をまわっていたっけ
こうやって、私がPC部屋でいても、
父が入ってきて豆をまいていた
もう、その父はいないし
母もたぶん忘れて寝てしまったと思い
なんとか、父の代わりに豆まきをしようと思った

豆は母が神棚にあげようとして(実際は手が届かず)
下においてあったのを見つけ
部屋に数粒ずつまいた。(掃除するのに困るから)
福は内、鬼は外

フクも来ないかな・・・

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2013/02/01 (Fri)
父はとてもこまめで、何でも記録する人だった
だけど、それが遺された者にとっては辛いこともある

私は父が亡くなって、早々に父の病院関係の物を廃棄した
父は今までの検査結果等すべて残していたが
思い出すのが、つらかった
でも、まだ廃棄していなかいものがある。
それは、父がずっと書いていた病院の手帳と
それからカレンダー数年分とその他一部

亡くなって8カ月
カレンダーのほうは、今日2012年のものをようやくシュレッダーにかけた
父は短冊型のカレンダーに、スケジュールを書き込んでいて
それが何年も重なり、増えていた。
でも、2012年の5月に入院してから家に帰ってこなかった
だから、見るのもつらくて、でも、廃棄できず放置していたけど
今日思い切って捨てた。
シュレッダーにかけながら、父の悔しさを思い出して涙が出た
家に帰りたくても帰れなかった父
まさか5月の連休明けに書いた文字が、カレンダーの最後になるなんて
本人も思わなかったことだろう

でも、もっとつらいのは手帳のほうだ。
今、まだ父のベッドの傍らにある。
ほとんど父の物は処分したり、整理したけど、それはまだ残っている
手帳の内容は闘病生活をつづったものではない
今まで病院に通っていた時、医師から言われたことを記録していたのだ
それも何冊かあって、最後のほうは、付き添いの私の字が増えて
そうして、最後は父の毎日の検査数値と、死亡時間で終わった。
これは遺した方がいいのか、捨てた方がいいのか
思い出したくない、でも、父の文字も残っている

父が書いた備忘録は、義理などで参考になるからこれは残しておく
今、備忘録はPCで整理中なのだけど
病気のメモは見たくない。
日記ではないけど、父のがんばりがわかるから、つらい
どこかに封印でもしようか
でも、きっといつか誰かが処分するだろう


(そういえば、父はこまめだったが日記は書いてなかったなあ)


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2013/01/17 (Thu)
これはカテゴリーに迷った。
父のことであるし、夢のことであるし、私の心のことでもあるので。
結局、「父」にしたけど。

昨夜は母がいらんことを言ったおかげで
また姉に対する鬱憤を思い出し
さらに木枯らしがひどくて音が騒がしく
よく眠れなかった。
なので、何度も目を覚まし、寝返りしては水を飲み(傍らにコップ)。
そんな朝方に見た夢だと思う。

なんで「再び」とあるのかというと、
また父が病気である過去に戻った夢だからだ。
そうしてまた、私はなんとかならないかと必死になる夢だからだ。

私の意識はまた父が病気になる時間に戻ってしまい
頭の片隅で
今はいったいいつ頃なんだろうか。
今だったら間に合うだろうかなどと考えていた。

そうして、父が痛みを感じるとすぐさま
「病院に行って!」と叫ぶ。
前よりも少しだけ早い手術。
助からない病。

なのに、夢の中で私は魔法のようなアイテムを手に入れていた。
まあ、魔法かどうか効果は夢の中では発揮されなかったけど。
なぜか私は黄色い梨だったか、桃だったか覚えがないけど
この果物を食べればなんとかなるかもということを言っていた。
それも姉に「お姉ちゃん」と言いながら。
(は、お姉ちゃんなんてもうずいぶん言ってないな。
昔のことを思い出していたからだろうか)
しかも、それはすぐに食べられずに
育てなければいけないみたいで「間に合うといいけど」と言っていた。

しばらく時間がたったのか
ベッドで寝ている父の横で、私も横になってみる。
そうして、例の果物ができたよと、お皿に入れて持ってきたのは
誰だったろうか。自分だったか覚えがない。
それを食べ易いように細かく切って・・・というところで記憶がない。

私が姉に感じているのは不安の種。
家をとられるんじゃないかと言う不安と
一般の人生を送っている妬みだろう。

なんで私はこの世に生れて来たんだろうか。
性別が違っていたらよかったのか
年が離れすぎていなければよかったのか
いずれにしても、私はアウトロー的存在だと思う

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* ILLUSTRATION BY nyao *