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野良子猫フクを保護し、数年ぶりに猫を飼い始めた私の、その後フクと過ごした生活と思い出、そして今までのつぶやき
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2007/09/15 (Sat)
予告の話とは違うのだが・・・

私は今仕事がすごく忙しい。
ただ忙しいだけで、特に何も営業にはつながっていないのが悲しいが、それはさておき。
とにかく金曜日の事務量も私1人が裁ききれないほどで
もうネコの手も借りたいほどだった。

もともと人手が足りないし、バイトさんは頼めないし、
(っていうか、覚えて欲しいけど、気がないみたい)
やることはあっても残ってもらうわけにもいかないんで、
ほとんど1人ですべてをやらねばならなくて。
(上司は会議で不在)
お昼もろくに食べられず、消化不良になりそうだったその日
バイトさんを帰らせたあと
結局夜の8時すぎまで1人でひたすら机にむかっていた。

ところが夕方からだろうか。
なんか妙にお尻が痛いのだ。
ずっと座りすぎていると腰に負担がかかってヘルニアもどきになりかけてはいるが
腰というよりおしりが痛くて・・・
でも、ずっと座りっぱなしのはずないし・・・
でも、どうだろう?
おしりがすれているのだろうか。
今日に限ってなんでだろう?と思いつつ
とにかくなんとか無理やり仕事を終わらせて
(さすがに1人で9時まではいられない)
戸締りをして職場を出た。

余談だが、田舎の夜道は暗い・・・
前の職場はわりと街中だったので、店の明かりや外灯もあったが
今は全くない。
たぶん、畑の作物の関係もあるのかもしれないが
ホントに真っ暗だ。
夏は日が長くてよかったが、これからはちょっと怖いかもしれない。
まあ、そんな夜道を車で走っているのだが
車に座っていることさえ苦痛だった。
お尻が痛くて。

で、帰宅してからもイスに座るのが苦痛で
これは湿布を貼った方がいいのかな~と思いつつ
お尻をそろそろと触ってみたら
あれ?この感触は・・・?
もしかして・・・・ニキビ?
これが痛かったのか・・・?
(しかし、1日でこんなことに?)
鏡で見たわけではないが、どうやらそうらしい。
押さえると痛いし。

しかし、そうとわかってオロ○イン軟膏を塗っておいたら
ありがたいことに翌日には痛みがひいていた。
(やはりオロ○インはよく効くなあ・・・v)

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2007/09/08 (Sat)

ちょっと前残暑とは思えないぐらいすごく暑くて
かと思ったら急に冷えて秋の気配・・・
かと思ったら台風が来て、
台風が去ったらまた暑くなった。

そんなわけで、この話は少し寒くなる前の話だ。
(8月の終わり?)
もう夏が終わろうとしていたのに
日中はガンガンと日が照りつけ、フクのいるテラスも空気がもわもわ状態だった。
それでもなんとか涼しくなるように考えたのだが
元は洗濯物干し場だったテラスなのだから
日光があたるし、冬は寒かろうと風通しも悪かった。

そんなある日、私は何も言っていないのに
父が動き出した。
ホームセンターでよしず?を買ってきて、テラスの上部につけたのだ。
上部というか、上にとおした長い角棒によしずをかけた状態で。
とりあえずはテラスは大きく陰ができたわけだ。

さあ、これで多少はマシになっただろう。
そう思ったのも束の間。
新たな問題が生じたのだ。
それは、フクの脱走である。

たぶん、よしずをかけたために足場ができたのだろう。
しかもフクも昔のフクではない。
大きく育ったのだから高いところからでも飛び降りることができたたらしい。
よしず周辺を足場に高い部分から脱走したようだ。
ただ、最初はわからなかったのだ。
父が作業をしている時に、いつのまにかフクがいなくなって外を歩いていたという。
その時はあっさり父に捕獲されたようだが
(フクは外になれていないのでドンくさい)

次に母が遭遇したらしい。
夜、テラスにフクがいないことに気付いたらしい。
母が私に言いに来たが、出て行ってしまったものは仕方がない。
っていうか、あいつのことだから腹が減ったら戻ってきそうだ。
というか、付近でうろうろしていそうだ。
そんなわけで、放っておいてもよかったが
母いはく「外でネコが騒いでる」と気になって、外へ出たら
フクが自分が脱走したテラスの中に戻ろうと、壁に上っていたらしい。
ただ、その壁は飛び降りることはできても、たぶん中に入って上るのは無理。
そんなわけで、中途半端な格好で飛びついていたフクを母は捕獲したそうだ。

ところが、である。
いつもなら脱走してもどこ吹く風なフクだったが
その日は様子が違っていた。
たぶん、よそのネコと言い合っていたのだと思う。
(つまりなわばりとかケンカ?)
だけど、フクのなわばりはテラスの中だし
外にもなれていないし
ましてや、野良とケンカ慣れなんてしてない。

元はフクも野良だったが、子猫だったし
そもそもフクは、獣医さんいはくネコに追われてケガをしてたから・・・
たぶん怖かったんだと思う。
記憶が蘇ったのだろうか。
フクは震えていた。
しばらく動かなくておかしかった。
体をなでると、少しぬれていたから、かまれそうになったのかもしれない。
フクはテラスの中に戻しても、しばらくは遠くに隠れて出てこなかった。
やっぱ怖かったんだろうなあ・・・

今はもう元気だけどね。
そんなわけで、「もう脱走はこりごり・・・」
なんてフクが思ってたかどうかは定かでない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
予告
1)日陰と新たな攻防
2)数年ぶりに発見
3)近所のおじいさん
4)停電


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2007/08/26 (Sun)
金曜日から土曜日にかけて仕事関係で、ずっと頭と気力を使いっぱなしだったんで、帰ってきても自室へ行ってバタンキューな感じ。
なので、この日曜は朝から何もする気もなし。
ろくな夢も見ないしね・・・(ゲッソリ)

昨夜も11時ごろに横になったんだけど
(っていうか、疲れてるのになかなか頭が落ち着かなくて眠れず)
朝の4時ぐらいに、腰の痛みが気になって一度起きたわけ。
それから、しばらくまた眠れなくて本を読んでて
6時ぐらいにまた寝たんだけど
やっぱ夢を見て疲れちゃったよ。

先日も足の裏にウニョウニョしたものが生えてる夢を見たのに
今度はなんか夢の中の夢というか
タイムスリップな夢というか。
夢の中で夢を見てて、それが何かおかしくて
昔の古い家だったり(実際の家ではなかったと思う)
かと思うと、今の家だったり
かと思うと埃のかぶった床だったり、
似ているようで、いや、こんなところにこんな区切りなんかなかっただろうと
ちょっと違った部分があって、
かと思うと、母が若かったり・・・

これは夢なんだから、覚めなきゃって思ってるんだけど
瞼が重くなって、また違う場面を見てしまう。
でも、どこにも自分の居場所がなくてすごくイヤな気分で
必死に目を開けようと、閉じてしまう瞼を無理やり手で開けて現実に戻ろうとしていた夢・・・

ホントに目が覚めて、いつもの部屋か・・・?と思うぐらい。
頭がクラクラした。
そんなわけで、今日は1日じゅう眠い・・・
何もしたくないよ~

てなわけで、またまた予告。
1)日陰とフクの脱走
2)日陰と新たな攻防
3)数年ぶりに発見
またボチボチ書きます。

はあ・・・最近しんどいわ

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2007/08/22 (Wed)

父が腎臓を患ってから、家族全員で食べに行くことが出来なくなった。
それはとても残念なことだ。
父が食べられるようなレストランもないし。
父だけ別のものを持ち込みで食べさせるわけにもいかないし、
第一外食が楽しみなのに、いつもの食事では味気ない。
そんなわけで、お客さんが来るお盆と正月は、父にとっても辛い時期になる。
そして、父に何か贈り物をしようと思っても、食べ物を贈ることが出来ない。
衣料なんて、もう余分に持ってるし。喜ぶ人でもない。
植物を贈れば、枯らして放ったらかしにする人なので張り合いがない。
よくお中元やお歳暮にもお酒をもらったが、今はもらっても父は飲めない。
(少々はいいだろうが、あると帰って目の毒だ)
なので、父の誕生日が8月15日だったのだが、何もしてやれない。
姉はお金を渡したらしいが、私は稼ぎもよくないし、
お金を渡すのはどうも好きではない。(ケチだということもあるが)
そんな私は、ヒマがあれば父に低たんぱく質・低塩分の献立を作っていたが、
最近は自分の仕事も大変になってきたので、気力も萎えてきた。
それでも今回、2日分の献立を新しく考えて追加して、材料も少し足して渡したけれど。
「誕生日おめでと~!」と渡したのは、1杯のカキ氷だった。

昨年だったか、バーゲンで買ったかき氷機で、
冷蔵庫の氷をしゃかしゃか回して作った奴だ。
で、なんでカキ氷かというと、アイスクリームは乳製品なのでたんぱく質が多いから
かき氷だったら、元は氷(水)だし、あとはシロップだけのカロリーだし。
多少食べても平気1かなって思ってさ。
でも、一杯作るのにかなり大変なんで、そう何度も作れない。(汗だく)
でも、気持ちだよ、気持ちv

みんながアイスクリームを食べてても食べられないもんね。
小さい○ノっていうアイスがあるじゃない?
あれだったら、数個は食べられるんだけど
父いはく「それよりも、食事が減るのがイヤ」らしい。
アイスクリームやお菓子でカロリーを消費するよりも
普通の食事に、いっぱい食べたいらしい。
(父はいつもお腹をすかせている)
でも、カキ氷ならそんな心配ないしってことなんだけど。

でも、そんな父を家において、やはり外に食べに行くこともある。
例えば母が行きたいと言えば、連れて行くことになる。
母は案の定14日がすぎて姉家族が帰ると、ちょっと体力気力が萎える。
そんなわけで、15日に私が仕事から帰ると
「どっか食べにいこか~」と母が言った。
お盆だと人が多いのではないかと思ったが、仕方がない。
どこへ行こうかという話になり、いつも困る。
なぜかというと田舎だから。
田舎なので、遅くまで営業しているところは少ないし、
そうでなければ慌しいではないか。
そんなわけで、いくつか言ってみたのだが、母が言ったのは別の店名だった。
その店の名を聞いた私は「え~?!」
なぜならば、そこはマズイから。
かなり昔行ってまずかった記憶があったので
以来二度と行っていなかったところだ。

なんでよりによってそんなマズイとこへ行きたがるのか。
そう思ったが、母は思い込んだら融通が聞かない。
なんでも知り合いの人と、入った時はおいしかったとか。
メニューもなんでもあるとか。
うそつけ~!と内心思ったが、月日を経て美味しくなったのだろうか。
半信半疑で、そこの店へ連れて行った。

そこはお盆にしては、すいていた。
とりあえず、メニューを見る。
・・・・やっぱり、決まったものしかない。
「何がなんでもある」だ。
母は「前は○○とかあったんやけどなあ・・・」と困惑顔。
それみろ、とは思ったが言わず。
「季節でメニューが変わる奴だったんじゃない?」とフォロー。

何度見てもメニューを凝視しても変わらないので、仕方なく注文をした。
母は天巻きセット。(エビ天のノリ巻きと、うどん)
そして私は何も食べる気力がなかったので
自分でも予想しなかったが「力うどん」を頼んだ。(お餅の入ってる奴ね)
私はインスタントの「力うどん」が好きだったのだ。
つーか、いつもの私だったら、ざるうどんを頼んでいたことだろう。
しかし、ここでは高すぎた。
そして私はサラダも追加した。

そして数分後・・・
まずサラダが来た。
当たり前だが、レタスとトマトの上にドレッシングがかけてあるだけの奴だけど
実際これが一番おいしかった(笑)

うどんは・・・・お餅は3つも入っていたけど・・・つゆが・・・
超・・・まずかった・・・・
こんなまずいつゆは、外食でははじめてかもしれない。
なんていうか・・・ダシがきいてるのかきいてないのか・・・
まるでしょうゆの味だけのような・・・

見ると、母も顔をしかめている。

ほ~ら、やっぱりまずかったじゃないか。

母もよくうどんを食べるのだが、さすがに半分残していた。
しかも天巻きも、全く味がない。
素材の味といえば、聞こえはいいが、味がないのだ。
私も母に少し分けてもらったが
塩が無償に恋しい味だった。
しかし、机には塩がおいていなかった。
あるのは、なぜか「とうがらしのフリカケ」だけだった。
仕方がないので、それをかけて食べた。(なんつー食事だ)

しかし、不思議なのは
なぜこんなにマズイのに、つぶれないのか。
昔からあるのはなぜだ?
田舎だから、やはり食べるところがなくて来るのか?!

思わず周りを見渡す私。
みんなおいしいかい?
おいしいと思って食べてるかい?!

そうこうしているうちに、なんかお客さんの予約が入ったみたいで
店員さんが座敷の用意をし始めた。

こ、こんなところで宴会かい?
やめたほうがいいよ~と内心思う私。

そして帰りの車では、
「ほら~、やっぱりまずかったじゃん!!」
「おかしいなあ・・・前食べたときはおいしかったと思ったけど・・・」
「それって知り合いと食べたか、美味しく感じたんじゃないの?あれって年寄り向けなんかなあ・・・」
「いや、年寄りでもあれはマズイ・・・」と母。
あんたが行きたいって言ったんじゃん。
もう二度といくまい。そう思う私たちだったが、
留守番をしていた父に気を遣わずに「まずかったわ」と言えたことは言うまでもない。

そうして、母へのサービス?を終えた私は休むまもなく
「さっ、次はお父さんにカキ氷を作ってやらねばな!」
と、カキ氷をしゃかしゃか作って、今年もプレゼントした15日だった。
あ~疲れた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お知らせ。
ブログ等のメンテナンスで、8月29日22:00~8月30日6:00まで
こちらのページが時折閲覧できないかもです。

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2007/08/19 (Sun)
昨日からここのブログの管理ページに入れなくて困った・・・
別のHPのこともあったから。
今日も朝もダメで、夜8時半ぐらいにやっと入れた。
いったいなんだったんだろう?
ログインできなかった利用者の方はみんなブーイングです。
とはいえ、私はわざわざ文句のコメントを残すことはしなかったけど
そうだねえ、メールで障害情報を流して欲しかったね・・・
(ログインできないんだし?)
そんで、ログインできたあと、ブログのテンプレートを変えようかと思ったんだけど
いまいち気にいったものがなくて。
やはり見慣れた今のものに戻してしまった。

まあ、それはさておき。
昨日の土曜日にいつもの内科へ行ったら休みだった。
入り口に張られていたカレンダーを見たら、
12~18日まで1週間休みで。
う、羨ましい・・・
と、同時にせっかく行ったのになあ・・・
早く起きて支度したのに、がっかり。
クスリをもらいそびれてしまったよ。

いいなあ、1週間の休みかあ・・・
私の夏休みはブツ切りだったしなあ・・・(連休なし)
お盆休みもないし・・・
だ・け・ど。
今年は私はちょっとズルイことをした。
というのも、休みは上司が勝手に設定してくれて
数日前まで気がつかなかったんだけど
8月14日は休みだったんだよ。
そう、お盆の日だね。
で、それに気がついた時、私は叫んだ。
「う~そ~でしょ~!!」
お盆休みは欲しいが、お盆のみの休みなんかいらねーよ。
だって、その日が家にとって一番忙しいから。

上司にそうボヤくと、バイトさんの都合とか、上司の都合とかでたまたまその日があいてたかららしい。
欲しい日は事前に申し出をするが、まさか欲しくない日を申し出すべきだったとは気がつかなかった。
とはいえ、どうしよう・・・と迷った。
休みは休みなのだが、家族に言うべきか否か。
言えば、必ずこき使われる。
叔母や姉家族がやってくるし。
休みなんて、どこ吹く風だ。
うう、イヤだ。せっかくの休みなのに・・・
はあ・・・でも、手伝うべきなんだろうなあ・・・
その思いが交差してて。

まあ、今まで夏コミとか一般参加してた時は
数日トンズラしてたからよかったんだけど
今回は1日だけだもんねえ。
で、結局前日まで言えなかった。

家の掃除や片付けはできるだけ前の週までに終えたし
あとは当日の食事や茶菓子の支度とかだろう。
でも、やっぱ前日の夜まで言えなくて。
とりあえず、前日までにできることと、
手伝えることがあったらするよ・・・と母に言っていたのだが。
その時、母が言った。
「姉らにアイスクリームを買ってたほうがええかな」
「そりゃ、アイスクリームあったほうがええやろな。
でも、数が数やし、冷蔵庫に入るの?」
「入るやろ、ほなお前、帰りに買ってきてくれるか?」
「・・・いいけど。他に手伝うことはあらへん?」
「もう、ないわな。お前が帰ってくる頃にはもうみな終わっとるし」
「そ、そう・・・・・・」
・・・・こうして、私は「明日が休み」だと言う機会を逃してしまったのだった。

かくて、私は休みなのに、仕事のふりをするハメになった。
というか、「休み」ということを言ってないだけなのだが
家にいてはおかしいので、いつものように朝から出かけることにした。
まあ実際、出かけたいところはあったし。

しかし・・・やはり後ろめたい気持ちはあった。
なぜだろう?
まるで、リストラにあって、すでに首になったことを奥さんに言えず
いつものように出勤しているふりをしているダンナのような心境だった。
そんなことを思いながら私は家を出た。

最初はGSに寄って車にガソリンを給油した。
その後、朝が早いのでどうしようかと思ったが。
大体どこの店でも10時開店だろう。
9時開店の店もあるが、周辺にはなかった。
前日までバイトさんと話をしていたときに「図書館はどうか」と言われたことを思い出して
漠然と行こうかという気になっていた。
たしかに、図書館なら時間もつぶせそうだ。(食事はできないが)
そう思って、数年ぶりに図書館へ行ってみた。
ああ、しまった。利用カードをもってないや。
(っていうか、図書館は自宅から遠いんで、返すのもめんどうくさいのだが)
9時ちょっと前についてしまったので、入り口で待つこと数分。
こんなお盆に図書館に来る人なんて少ないだろうと思ったが
やはり受験生らしい若者たちは多かった。
あと、年寄りかなあ・・・
街の人はお盆でも特に忙しくないのかもしれない。
時間が来て、入り口があいたと同時に学生は2階の勉強室へかけのぼり
年寄りは新聞紙のコーナーでさっそくくつろいでいた。
私は、久しぶりの図書館にわくわくしたが、
雑多に本が多すぎて読みたい本を探しづらかった。
しかも、今私が興味のあるジャンルで欲しい本がなかったのが残念だった。
何より、開いたばかりのせいなのか、広いせいなのか
エアコンが効いてないみたいで、空気が生暖かい。
じわ~と汗が出てくるので、(私だけかもしれないが)じっくり本を選ぶことが出来なかった。
結局30分で出てしまった。

次に少し離れた郵便局へ行ってみた。
ちょうど満期の貯金があったから通帳を持ってきたのだ。
ロビーは、エアコンと扇風機ですごく涼しくて助かった。
そこはお客はあまりいなかったが多少は待った。
そのおかげでようやく10時が過ぎた。
そこで、郵便局を出た私はこれまた久しぶりに行く古本屋へ入った。

そこで、わりと時間がつぶせて
まあ、大きな収穫はなかったが、3冊ほど本を購入した。
だが、そこでも図書館と同様で、あまりエアコンが効いてる感じがせず、
やはりしんどかった。生暖かい感じ。
(余談だが、図書館よりも本屋の方が探しやすいね)
しかも、お昼になってきたので、そこを出た。
やはりお腹がすいていると、立ち読みも疲れるし。

で、次にショッピングセンターに寄った。
そこで、食事を済ませつつ、持ってきた仕事の書類に目を通す。
家にいても目を通さないといけないものだから、どうせ一緒だ。
それからいろいろとバーゲンの買い物をして、
少し早かったが、やはり外に出ていると疲れるので家に戻った。
実を言えば、朝起き辛くて、1日じゅう眠かったのだ。
(どうせ、家にいても、お盆はダラダラと寝てられないのだが)

ちょうどその時、家に姉たちがやってきていて。
本当なら相手をしなきゃいけないんだろうけど
やっぱ疲れていて、眠くて眠くて、自室に直行。
一応、母にお許しをもらって・・・だけど。
姉もいつものことだからと特に気にもしなかったようだ。
というか、12日に来てたしね。
(前回の投稿を読み直そう)

そんなわけで、こんな休みは初めての経験だった。
お盆の休みなんて、全然いいことない。
平日なら病院も行けるのになあと思った次第。

ああ、そうだ。またお墓参りには行くよ。

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2007/08/18 (Sat)
今朝起きると、誰もいなかった。
たぶん朝の涼しいうちに畑や田のまわりの作業をしているのだろう。
私はめずらしくゆっくりできそうな土曜日だったので
朝ものんびりとするつもりだったのだが、
やはり気温のせいか、寝る前に例のCD聞いていたせいか
結局いつもと同じ時間に起きることとなった。

ちなみにずっと前からだが、朝からセミの音が超うるさい。
セミのシャワー。蝉時雨っていうの?
頭に響く~!神経をさかなでしそうな音だ。
しかし、人間の仕業でもないし、訴えるところもないし
セミを捕獲するなんて無理だし、できない。
短い命のひとときだと思って無視を決める。
が、うるさすぎる~
・・・・暑いから余計に思うのかもしれない。

ま、それはさておき。
ちょうど1週間前の12日のことだ。
我が家ではお盆には、父方の弟妹と、私の姉家族がやってくる。
昔は長居をしていたが、今は短くなって助かっているが
それでもお菓子とかジュースとか、おもてなしの準備で迎える方は大変である。
(姉たちは1泊)
それは毎年お盆の14日と決まっていて、そのように準備をしていたわけだ。

ところが、叔母の1人から12日の前日の夜9時すぎに電話があって。
「明日、行くわ」とか言ってきたらしく、私と母は「ええ~!?」
日は早いし、しかも前日の夜に言ってくるし。
しかも、午前中に来るらしいが、時間も不明。
全然こっちのことを考えてないな、とか思いつつ
とりあえず、茶菓子の準備をしていた。

そして一夜明け・・・
私が2階の自室から階段を降りていくと
台所ではなぜか
いるはずのない姉と二人の娘が3人横に並んでご飯を食べていた・・・。

ちょっと待て。

一瞬思考停止。
なんで、こいつらがいるんだ??
来るのは14日のはずじゃないのか・・・?えらい早いじゃないか。
しかもご飯、食べてるし。
・・・人の席に座ってるし。

あとで母に聞いたところに寄ると、
なんでも自宅の洗面所やお風呂のところの水が故障?して出ないらしい。
で、娘らがシャワーをあびたいというのでやってきたということらしい。

ふ~ん・・・・いいけどね。
いいんだけど、いくらでもスーパー銭湯があるだろう。
っていうか、ご飯は関係ないんじゃ?

まあ、こっちはタダだし。食事つきだし?
わかるけどね。
(犬だって、ペットポテルを利用せずにうちに預けて旅行に出かけるし
車が汚れるからって、父に犬を引き取らせに来る奴だから)

しかも、それだけじゃなかった。
姉達はでっかいかごに洗濯物をこんもりと持ってきて
「あ、忘れとった」とか言って
うちの洗濯機に放り込んでスイッチをいれて
「時間がないから、夕方取りに来るわ」とか言って、帰ってしまったのだ。

グオングオン・・・・
残された私たち母子に洗濯機の音だけが響く。

「なあ、あの洗濯物ってさあ・・・
やっぱ、私らがせなアカンやろな・・・」
「夕方取りに来るって言ってたけど、それまで置いとく?
やっぱ臭くなるで、干しとかなアカンやろな・・・」
「そうやな・・・」
はあ~っとためいきがもれる。

自分の洗濯物でもこんなにしないのに。
姉達5人分の洗濯をタダ働きかよ・・・

そう思いつつ、仕方がないので
洗い終わった洗濯物を汗だくで干してゆく。
うちの物干し竿じゃ足りないんで、ふとん干しをだしてハンガーをかけてゆく。

で、「姉さんが来たら、あそこに干してあるんで勝手にもってけって言っといて」
洗濯物を取り込むぐらい自分でしろ。
そう思っていたが、いつのまにか
働き者の母が乾いた洗濯物を干して、きちんとたたみ、
洗濯物はすでにかごの中にきちんとしまわれていた。
そんなわけで、あとは「姉が持ち帰るだけ」の状態となっていたわけだ。

が、夕方5時ごろ。
父が姉からの電話をとったらしい。
「今から、洗濯物を干しにいくわ」だって。
アホか~!
午前8時半に洗濯機のスイッチ押して、今頃干すか!!
っていうか、もうできてるわ!!
干して、たたんでもあるわ!

それでも取りに来たらまだマシで。
父がもう洗濯が終わってることを告げると「ふ~ん」と言って
なんとその日は、そのまま来なかった。
洗濯物置きっぱなし!
何が「今から干しに行く」「夕方取りに行く」じゃ~!
口ばっか。
どうせ、2日後の14日の着がえにそのまま着ていくんだろう。
まさにそのとおり。
そういう奴だ。
しかしなあ、どうしても洗濯したけりゃコインランドリーがあるだろうが!

そして14日の日。再びやってきた姉に
「洗濯しといたったよ」「たたんだのは母だよ」とか言ったけど
「だって、干しに行こうかと思ったら、もうしてもらってたし~」だって。
もう1回言ってやる。
このクソ暑い最中に、
午前8時半に洗濯機のスイッチ押して、夕方5時に干すか!!
洗濯機の中で乾いとるわ!
っていうか、そんなもん、うちの洗濯機においとくな!くさなるわ。

よし、今度同じことがあったら、放っておいてやろう。
そう思う私だった。
(でも、きっと母がしてしまうだろうなあ・・・)

そんなことがあったので、叔母のことはささやかな記憶となったのだった。

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2007/08/17 (Fri)
暑いですね~
と、たぶん誰もがこう言って会話が始まるんだろうなあ。
しかし、体調が崩しやすい時期でもあるから
切に気をつけたいものだ。
暑いだけで体力を消耗してしまうしね。

お亡くなりになった方も多いみたいで
お悔やみ申し上げます。

かく言う私も(たぶん熱中症ではないだろうが)
昨日今日と夕方から頭痛がして気分がよくない。

PC部屋は暑いし体は疲れてるし・・・
で、ネタはあるけど書けない日が続く。
(もともとお盆休みなんてないけどさ)

てなわけで、このあとボチボチと

1)12日の話 突然の来訪
2)14日の話 何も言わなかった日
3)15日の話 家族サービス
4)16日の話 ネコの話題

・・・を書こうと思っている。(予告)

あ~あ、エッセイを書いて生活ができればいいんだけどな~
絵も書きたいな~

関係ないけど、私全然催眠誘導が効かないのかな~
いろいろ思うことがなって
ためしにCDを買ってみたんだけど途中で寝てしまうんだよな。
CDが終わったのは気がつくんだけど、途中から記憶があまりないんだよ。
だから、インナーチャイルドにもあえないんだよ。

ちなみに、最近ここの夢日記には書いてないんだけど
よく夢を見てるよ。
見てるけど、あまりいい内容じゃないからここには書いてないのさ。

「暑中(残暑)見舞い」1人来たので出した。
1人出したけど、返って来ない。
1人来たので出した。
あとは仕事のお客さんに出したんだけど、反応なし。悲しい・・・
やっぱ田舎だからかなあ。
今までのところだったら「ありがとう」ぐらい言葉があったんだけどな。
はあ・・・

そういや、最近微妙に接続が遅い気がする・・・
雷の時は仕方ないとして
やっぱ夏休みだから??

拍手

2007/08/12 (Sun)

私も戦争を知らない世代の1人だが、戦争関連の物語や書籍などを読んで
やはり戦争はお互い何1つ生み出さないことよくわかる。(戦争商人はもうかるだろうが)

うちの父母は高齢なのでよく戦時中の出来事を聞くことがあったし、
中学の時に図書館で読んだ本にもショックを受けた記憶がある。

原爆平和記念日には毎年被爆者の方が平和の尊さを伝えることが、残された者の使命だとして、高齢ながらも命をかけて伝えていることが報道されている。

私もこの間日曜日の昼間だったか、タイのタイメン鉄道に関わるBC戦犯と呼ばれる方たちの番組を見た。
田原総一郎さんは好きじゃなかったけど、予告を見て、見てみたいと思った番組だ。

現場を知らない大本営の無理な命令によりタイメン鉄道を作った人々は、
大本営の命令により送り込まれた連合軍の捕虜を使い、
労働酷使、疫病や拷問などで死なせた結果、敗戦後、ジュネーブ条約違反等で、
連合国軍の裁判によりBC戦犯として絞首刑に処された。

番組では数人の人が特別にとりあげられていた。
遺族の人も「戦犯の子」としていじめられた経験をもっていたが
自分の父親が捕虜を拷問をしたとは信じられなかった。
だが、当時は上官の命令には背くことはできず。
また、戦争とは命を軽視させ、神経さえも麻痺させてしまう。
そして当事者の父は1人だけ有罪を認め、上官は無罪。

死刑に処される人をあの世へ送るために、お経を読むお坊さんが呼ばれたという。
(○○カイシとか言ってたけど、忘れた)
そのお坊さんは今も健在で(とはいえ90歳代で寝たきり)当時のことを語っていた。
本来ならば、遺書はすべて没収の上燃やされるのだが
もうすぐ命を失う彼らの遺書をなんとか遺族の元へ届けたいと思ったという。
そして、内緒で彼らの書いた遺書をこっそりとしのばせ持ち帰ったという。
124通だったか。
もちろん、そんなことが発覚すれば、そのお坊さんも捕われてしまう危険があった。
しかし、お坊さんは自分が捕まったときのことも考えて
預かった遺書を毎晩自分のノート(?)に書き写して隠していたという。
自分が捕われても、遺族の人に届けられるように。
そうして、その遺書は遺族の元へ渡った。
(全員は紹介されていないのでわからない)

いっさいの弁解もなく。
父が子供へあてた遺書には

「人に指をササレルヨウナ人間ニナルナ。立派ナ人ニナレ。
オ前ガ父ヲ供養スルトキ、父ハ共ニイルデアロウ」

27歳の青年が家族へあてた手紙には

「罪ヲ犯シテ命ヲオトスノデハナク、罪ヲ犯サズシテ命ヲ失ウコトヲ喜ンデクダサイ」

(すみません、うろ覚えです)

この青年はハーモニカの曲も作っていました。
無実の罪でこの南の地で命を失うことになったけれども、魂は祖国へと帰ってゆく・・・
そんな曲でした。

お坊さんは「私は彼らを戦犯者とは言いません。何も罪を犯していないのですから。
私は彼らを殉難者と言います。」

彼らの墓は、南の地で大きな墓地の片隅にひっそりと小さな墓標が立っているだけ。
しかも、その国で死んだ日本兵たちのことを聞いても、タイの人々は誰も語ろうとはしません。
某国のように声高に非難しなくても、彼らは戦時中のことを忘れないのだといいます。

 

そして、遺族の方は定年退職後初めて父のことを知りたいと思うようになり
父の拷問により障害やトラウマを負った元アメリカ兵の方に「会いたい」と手紙を書き、
相手の方から「待っている」と返事がきて会いに行きました。
元アメリカ兵の彼も長く日本を憎んでいました。今もトラウマで眠れないそうです。
けれど、「大切なのは過去ではなく未来だ」というメッセージを受け取りました。

番組はとてもこのページだけでは書ききれないですね。
でも、新たに知ったこともたくさんありました。

お盆前後には終戦記念にあわせて戦争の番組が放映されます。
というか、もはやその時期しか放映されません。戦争の悲惨さを知る機会も少ないです。
なので、バラエティもドラマも行楽地もいいですが、
数少ないこの機会にぜひいろいろな戦争関連番組を見て欲しいと思います。
(いい番組かどうかは個人の判断ですけどね・・・)

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* ILLUSTRATION BY nyao *