忍者ブログ
野良子猫フクを保護し、数年ぶりに猫を飼い始めた私の、その後フクと過ごした生活と思い出、そして新しいネコとの出会い
カテゴリー
* ネコ・フクと私(114) * ペットロス・フクの場合(90) * 他愛ない生活の話(848) * 生活&夢の話(134) * 健康・病気・病院・心(91) * 映画・漫画・本・ゲーム(15) * 生活&仕事(39) * お知らせ(5) * 平和(2) * 新聞・TV・ニュース(11) * 買い物(26) * 小話(0) * ねずみ(8) * 思い出(6) * レイキ(20) * 父(97) * 食品添加物の覚え(7) * 仏事慶事メモ(13) * 農作業メモ(29) * その他のネコと私(11) * 近隣トラブル(12) * 母(75) * 家計簿(7)
  カレンダー
05 2017/06 07
2 3
4 6 7 9 10
11 12 14 17
19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
  ブログ内検索
  最近のコメント
(12/06)
(12/06)
(10/19)
(10/19)
(09/09)
  プロフィール
HN:
あやか
性別:
非公開
自己紹介:
ま~読んでいただければ、おいおい分かるかと。
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10]
2015/03/30 (Mon)
うちには所有している山林が2か所ある。
とはいえ「山林」と行っても、側面というか斜面だけの箇所があるだけで、父が生前中は下草や枝も刈っていたようだが、父亡き後放置。
場所も生前父に一度だけ教えてもらったはずなんだけど、いまいち記憶が定かでない。
っていうか、山の中って父がつけたらしい境の印を探すのが難しい。

3月2日には、1か所は母に同行してもらったんだけど
そこはまだ車が近くまで駐車できたから、そこまで母を乗せていったからいいとして
(それも印がいまいち・・・だけど、大体の範囲はわかった)
問題は、もう1か所のこと。
そこは近くまで車が入れず、その時母は拒否。
数年前に、母と山に行った姉さえも「(境を)覚えとるかなあ」という曖昧さだから、あてにならず。

仕方がないから3月2日には墓参りのついでに、一人でそこの山林に行き「まあ、大体ここらへんだろ」という見当をつけてはきたんだけど。
だって、よほどのことがない限り
こんなとこ誰も何も言って来ないよ。(金にもならん場所だし)

しかし母は母で、後のことを気にしていたらしく、今まで口にしたことがなかったのに、最近になって「木を切ってもらおうか」と言いだした。
私が「境がわかりにくい」と言っていたこともあるだろうが
どうも、両親が昔わざわざ山を買って、木を植えた場所らしいんだな。
かれこれ60年前と言うから、嫁いでまもない頃だったのかも。
今はさっぱり価値はないけど、大昔は「山は財産の1つ」だったらしいからねえ。
自分ちの山の木を使って、家も建てていたし。
ゴルフ場が出来て、それで山を売って大金が入った家も何軒かあったけど
うちの場所ははずれているので、貧乏のまま(ーー;)

ちなみに、うちの住む地区って自治会費を払ってないんだよね。
今まで気にもしていなかったけど、父亡き後ふと「あれ?」とか思って
母に尋ねてもはっきりしない。
でも、昨年から地区の総会に出席してわかったことがある。
地元はゴルフ場等山の賃貸料があったから、長年収入があるみたいで
自治会費も徴収されないみたいだった。
だから、新しく入居してきた家だけが、会費を払っているようだ。
(あれ?だとすれば、ゴルフ場がつぶれたらやばい??)

それはともかく、突然母が「山の木を切ったらどうやろ」と言いだして。
親戚の大工に尋ねてみようとしたが、なかなか電話がつながらないらしく
焦った母は「直接製材に行って聞いてくるわ」と言いだし
また私の予定が増えた。(私の都合は考えない)

で、母を車に乗せて製材所に行ってみると
残念ながら、社長さんは不在で、奥さんが電話で連絡してくれたんだけど
詳しい話はまた家にきてもらうということで、帰ることになった。
「じゃあ、家で待っていればいいよね」
と言っていたのに、車に乗り込んだところで母が
「今日は天気がいいから、このままその山へ行ってみよか」
と、これまた急に言い出すので「ええ?!」

行くのはいいけど、普段着のままなんだよなあ・・・
母の折り畳みシルバーカーも持ってきてないのに
と思いつつ、母は言い出したら聞かないし、
機会を逃せばまたいつ行けるかわからないので、母を連れて行くことになったのだけど。
まあ、場所的には近い。何せ徒歩で行けるお墓に近いから。
しかし、問題は近くで車を駐車できないこと、と母があまり歩けないことだ。

行く方法はいずれも徒歩で、
一方は下の田の畔(あぜ)からのぼって行く方法。
もう1つはお墓の小道(幅が狭いが、一応市道)を上までのぼって、てっぺんから行く方法。
しかし、お墓の道の上り坂は急でとても母の足ではのぼれない。
仕方がないので、お墓のところに車を停めて歩くことにした。
母にとっても数年ぶりだし、その頃はまだ足が達者だったので山林にも入れたのだけど、今はそうではないから心配で、「ここで待ってるか」と聞いてみたが、母は「行く」と言う。
そして、そこから(私にとってみればたいした距離ではないけど)母にとっては遠い距離を、母は杖と、私の手を支えに歩くことに。

本当は、田には川に沿って農道があるのだけど、直線では走れても
困るのが帰る時の橋を渡る時なのだ。
道幅も狭いが橋幅も狭くて、曲がり角が90度なので、かなりその道に慣れた者でないと大変なことになる。
事実、運転がへたっぴな私は以前脱輪してJAFを呼んだ(T_T)
まだ脱輪ならいいほうで、ひどい場合は川へ落ちてしまう危険もある。

まあ、そんなわけで、仕方ないとは思いつつ、母を連れて行ったのだけど。
農道はともかく田の畦は狭いので、母の手をつないで横に歩くには、ちと辛い。
「こっから、前に歩くで。このままやと田のほうに落ちてしまうし」って言ったら
「わしは落ちたらあかんけど、お前は落ちてもええで、ええやないか」って。
全く・・・(^-^;
とはいうものの、山の下まで来たら、「お前だけ上って行け」というので、手を放し、私は溝を渡って山林に入った。

そうして、母は下から指示を出すのはいいけれど、
「あそこに、普通の木と杉の木があるやろ。あのへんや」とか
「そこに崖があるやろ?道みたいな場所があらへんか。ない?よう見つけやんのか、情けないのう!あるやろ!」とか、いつもながらアバウトな教え方で私は右往左往。
結局は、まあ、なんとか父がつけた境界用杭は何本か見つけたのだけど、そりゃ見つけにくいわ、何せ何も目印がないんだもん。
落ち葉に埋もれているし、特に下の方はわからない。
・・・にしても、「山に入るなら汚れてもいい服とか靴を履いてきたんだけどなあ・・・」とボヤいても、母は「仕方ないやろ、急に思いついたんやで」と悪びれることもなく。

さらに、また帰り道が大変で。
行きと同じく、母の手を握って一緒に戻ってきたのだけど
母が疲れたみたいで、もうあとちょっとというところの橋の前で
「そこまで車でこれやんか。渡れるやろ」とか言い出して。
まあ、前のことがあるから、今度はもっと慎重にいけるとは思うけど
でも、内心気がすすまなかったが仕方がない。
私だけ先に車に戻って、橋のところまで来たのはいいが、やはりそう簡単には曲がれず。
車を運転したことのない母は、周囲から「いけるいける」と簡単に言うが、前はよくても後ろのタイヤが危ないし、何よりこのままいったら、確実に車の側面がすれてしまう。
一旦下がったが、さてどうしよう。
バックするにしても、後ろもカーブでガードレールがないから、下手すれば川に落ちてしまう。
ああ、だからこんなところは車で入りたくなかったんだよなあ・・・と後悔しても後の祭り。
こんなところで立ち往生していてもらちがあかないので、なんとか頑張ることにした。
フーフーと息を吐きつつ、何度も切り返して。(6回以上したかな)
なんとか切り抜けられて橋が渡れてホッ!
他の車が来なくてホントによかった!!
そこでようやく母を乗せられたんだけど
「もう2度とここは車で通らない」と固く誓った。

そして家に帰って一息ついた頃、お昼ご飯を食べる間もなく
先ほど寄った製材所の社長であるおじさんがやってきて、話をすることに。

おじさん曰はく「木切っても使わんのやろ。今は木も売れんし金にならへん。
土地が欲しい人がおったら勝手に調べて言ってくるで放っといてもええんちゃうか。
何より、切るのはいくらでも切るけど、車で入れやんとこでは運び出すのも難儀やで」と気が進まないようだったので、私も「それもそうだよな」と思った。
1本1本足で道まで運ばないといけないわけだし、その道も大きなトラックは通れないし。切り賃に加えて運搬賃が高くなりそう。
木を使うにしたって母もリフォームはしたいけど、資金がないし。
(そもそも母が言わなければ、私も放っておいたね)
ってことで、「まあ、一応場所は見ておくけどな」とおじさんは帰っていき
母も納得したようだった。
たぶん、母は誰かに相談したかっただけなんだと思う。

・・・で、母はその後寝ていたし、私は私でやることやっていたし。
私への用事は落ち着いたと思ったんだけど。

夕方になって、母が「ちょっとえらいで、医者に連れて行ってくれやん?」と言いだした。
やはり、歩いたのがだいぶ疲れたらしい。
母いはく、「前みたいに夜中に救急車を呼ばなあかんようになっては困るから」と。
よほど救急車を呼ばれたくないようだ。
確かに、また急にアップアップされると大変だし、それなら今行った方がいい。
と、いつもの病院に連れて行くことにした。
朝、リハビリに行った病院なんだけどね。
たまにこうして同じ日に、点滴に連れていくことがあるんだよなあ。
だから、毎回母の知り合いのリハビリの人が、待合室で待っている私をめざとく見つけて「〇〇さん、また悪いの?」って声をかけてきて。
「いや、山というか、田の畔を歩いてて」「こけたん?」
「いや、こけてはいないけど、えらいと言うんで」「ああ、点滴打ちに来たんか」
「そう」(毎度のことながら)
でも、やっぱ血圧すごく高かったしなあ・・・
母が「行く」と言ったから連れて行ったけど、年なんだから無理しちゃダメだよなあ
てか、リアカーみたいな奴に母を乗せてひっぱっていけばよかったんだけど。
(車いすではあのガタガタ道は無理)
さすがに、うちでもリアカーはもうないなあ。
で、1時間後、点滴を打った母は復活\(^o^)/
少し安堵した。



・・・・・・・・・・・



そして、その夜の母との会話


「お前も今日はえらかったやろ。山歩いたし」
「いや、山を歩くのはえらなかったけど、あの帰りの車でどっと疲れたわ」
「せやけど、お前はえらいなあ。あんなとこさっさかさっさかのぼってくで。
それに、ようあそこから降りたな。はよ戻って来たでびっくりしたわ」
「ああ、あそこの溝な。怖かったけど、飛び越えたわ。
あそこは横に進めないし、また上にあがって、横に移動して降りてこなあかんのも面倒だったし」

とそこまで私が言ったら、母は

「そやけどさ、あそこマムシがおんのにさ」(マムシがいるのに)

って言うんで、ギョッ!

「はあ!?なにそれ!
知っていたら、ちゃんと前もって長靴とか履いて重装備して行ったのに。
そんなこと(山に)行ってから、今言わんといてよ!」

って私が抗議したら、母はのほほんと

「そやで、あの時言わんだんや」って。

はあ~・・・ホントに口だけは達者なんだよなあ。

拍手

PR
2014/12/07 (Sun)
いつも私が母の衣類を洗濯しているが
今回私の手を煩わしてはと思ってか、
昨日母が自分で洗濯機のスイッチを入れ衣類を洗おうとしたらしい。
そうしたら、洗濯機が止まって干す段階になって、母が私を呼びに来て
「何かネバついている」「ちゃんと脱水されていない」と言う。
見たら紙とゼリー状のものがちらばっていて、ベタベタでひどい有様になっていた。
どうも母が尿パッドに気づかず、洗濯機に入れてしまったらしい。
尿パッドを洗濯してしまったのは初めてで、紙はともかく、この散らばるゼリー状の始末になんとしたものかと。
特に、洗濯機に付着したゼリー状のものは、どうやったら1番効果的に掃除できるのか。
特に下の回転するところに、ゼリーがたまっていそうな気がする。
手が届く部分はふき取ったが、奥の隙間が気になって。
つまらないといいが。
洗濯機の保証期間内(あと3か月)はあるが、どうしたものか。
あと、紙とゼリー状のものでドロドロになった衣類の1番効果的な洗浄方法も知りたい。
母は(母は忙しい人で私が洗濯するのを待てず)急いで服を洗濯したかったと言うが
こんな状態ではコインランドリーも使用できない。

そんなわけで、検索はしたものの
あまりい記事がヒットせず、介護サイトで質問してみたら解決。
いただいた回答で、ゼリー状のものが洗濯機の故障につながらないとわかり、ホッと安心。
参考させてもらい、塩も入れてた。
実際、コップにいれて実験したわけではないので、ホントにゼリー状が溶けているのか不明だが(余裕があったらしたかったけどねえ)
紙おむつでもこういうケースは多いらしいなあ。


・・・・・・


とりあえず回答を見たのが翌朝で、幸い雨も降っていなかったので
最初は、マシな衣類は外でブンブン振り回して落とした。
しかし、手やハンガー(すでに母がかけていた)のほか、自分の着衣にゼリーがひっつくのが難。
ブラシがあれば使いたかったが、洗濯物に使用するような適当なものがなく。
検索先の記事で、「粘着テープでも」と書いてあったのでテープを持ってきたが、あまり効果はなかった。というか、あまりひっつかなくて、ゼリーがつぶれてしまうというか。(糊状になってしまう)
で、とんでもなくひどい状態のべたべた衣類は、お風呂の残り湯で、手洗いというか何度もすすいだ。(ここでも少し塩をいれてみた)
それから再度、塩を入れた洗濯機に放り込み、いつものようにスイッチオン。
なんとかマシになった。
あ~よかった。
下着のほかデイで使ったバスタオルとかフェイスタオルとか上着とズボンとか、まあ母の物だけだったんで、それはいいとして。

干し終わって、母に「洗濯し直しておいたでな~」って言ったら
「悪かったなあ、えらい仕事増やしてもうて」と言うんで
「いーよ、いーよ。まあ、(次同じことがあったら)こういう風にしたらええんやってこと覚えたし」
って言ったら、母いはく
「そやな、ええこともあるよな」って。

ん?ええこと??
(自分で言うんかい)



・・・・・



ちなみに、外で衣類を振り回していた時
寒かったので(晴れていたけど雪雲が伸びてきた)外仕事用の軍手をはめていたのだが、途中ではずしたあと、どこへやったかわからなくなって。
もしかして、一緒に洗濯してしまったかなあと思ったら、やっぱり。
今回の洗濯でたまたま貰い物の「アロマリッチの柔軟剤」を開封して使ったんだけど
おかげで「アロマが香る軍手」ができあがった。

拍手

2014/11/01 (Sat)
今日、母の胃カメラをした。
同じ部屋で見させてもらったが、特に細胞をとることもなく終わり
先生が「慢性胃炎やな」といって、胃がんじゃなくてホッとした。
ただ、慢性胃炎は胃がんになりやすいらしいけど。
あとはやはり少し逆流性胃炎になってるんだって。
なので、貧血のビタミンB12欠乏は原因がはっきりしたわからないけど
薬を処方してもらって様子見になることに。

帰りに久しぶりにちょっと(私たちにとって)高い外食したけども
今日が土曜日で連休の初めとは気づかず
駐車場がいっぱいで、入る時は早かったからよかったが
帰りが大変だった。
みんな雨だから無理やり入り口付近に駐車しようとするんだもんなあ。

拍手

2014/10/15 (Wed)
台風19号の時に
ニュースで何人かが、「風にあおられ転倒した」ことを聞いた。
それを聞くと、「またか」と思う。

脚立にのぼって作業をしている人とか
台風の様子が気になって外へ見に行った人とか
植木鉢が気になって・・・とか
なんで台風の時に外に出るのかなあと思うけども

それは母にも同じようなことが言えた。
母の場合は、台風の時ではなく
台風が去った後だ。

そんな台風が去っても、風の吹き返しはあるし
地面もぬかるんでいたり、滑りやすくなっているのだから
いくら畑が気になっても
そんなに早く畑に行くことはないのだ。

それなのに、近所に住む(母からみて)姪にブロッコリーの苗をわけるからと
声をかけて、今日の午後畑へ出かけてしまった。

そして畑から帰って来た時は何も言わず。

私が夕方買い物に出かけて、帰ってきた夜7時になってから
「こけてお尻が痛い」と言いだす。
話を聞いたら、姪と畑で別れて、自分も帰ろうとしたときに
すべってひっくりかえってお尻を打ったらしい。
それを聞いてため息が出た。

またか~~~
昨年と全く一緒じゃないか。
昨年も台風中と後に2回転倒してさ
2回目は畑でひっくりかえって、そして1か月後激痛で病院に行ったら圧迫骨折で1か月の安静。
それで余計に足腰弱くなったし、物忘れが増えたのに。
今テリボン注射打ってて、なんで同じ間違いをおかすのか。
学習しない人だなあ。
まあ、それが老いるということかもしれないが。
全く、これでまた骨折していたら大変なことだ。
前のこともあるから時差でなるかもしれないし。

しかも、畑から帰ってきた時は何も言わなかったのに。
「言わなかっただけ、痛いのは同じ」とか言う始末。
なんで言わないんだっつーの。
あとで、いきなり言われる方が心臓に悪いわ。

とりあえず、今はそれほど痛くはないと。
(でも、前のこともあるし)
ただ、御尻に肉がなくて、クッションがないので
ベッドで寝ていても、お尻が物に当たると痛いと言うので
今日自分で咳の薬をもらってきたのに、とは思ったけど
以前私が整形外科でもらった痛み止めのロキソニンを飲むというので飲ませた。

そんで、もし明日の朝痛みがひどかったら整形外科に連れて行く予定。
木曜日だけど、総合病院ならOKだし。

しかし、なんでよりによってデイの前日に転倒するかなあ
これでまた休むことになったら、ちっともサービスを受けたことにならないよ。
とりあえず、骨が折れていませんように。
(まあ、あとでじわじわ折れるのが圧迫骨折だけども)

拍手

2014/10/14 (Tue)
今日の夕方
家の小さな畑の豆の葉をちぎっていて
途中で家の前で母が出てきて畑に行こうとしたみたいだけれど
「寒そうやなあ」と言うので
「うん、外は寒いよ。それに風が強いし」と言ったら
「じゃあ、今日はやめとくか」と言った後で、
「お前も寒いで、早く帰って来いよ」と母が声をかけた。

私はその後も豆の葉をちぎっていたのだけど
こうやって、なんでもない1日がすごく切なくて
母がいて、声をかけてくれることが幸せで
泣けてきた
あと、どれぐらい一緒にいられるんだろうか
あと、どれぐらいこんな会話ができるんだろうか
父の亡くなる前の一緒にした散歩の時も思ったけど
(あの時は、もう父の命が残り少ないことはわかってはいたけれど
それでもあと数年かと思っていたら、2か月ほどで亡くなってしまった)
母はまだそこまでには至らないけど
いつそうなってもおかしくない年と体調で
こんな貴重で幸福な時間があるだろうかと
思うと、豆の葉をとりながら泣けてきた

だから、母が「やっかいかけるなあ」と言って
「そんなことないよ、お母さんがそこにいるだけで幸せだから」
そう口にしていた。

父の時も、亡くなる前に病室で言ったな
「お父さんのそばにいたいから
毎日来てるんだよ」

二人とも亡くなってしまったら
私はどうなってしまうんだろう

拍手

2014/10/13 (Mon)
昨夜、母の従兄から柿が送られてきて
さっそくいただいたが
母には大丈夫かと思ったが半分食べてしまった。
そのせいか、夜中にまた下痢してしまった。

後で調べたら、やはり消化が悪く胃に負担がかかるものらしい。
しかも、「体を冷やす」って。
今の母にはダメな果物だな。

拍手

2014/10/12 (Sun)
胃カメラまでまだ日がある
知りたいような知りたくないような
癌なのか悪性貧血なのか
早期なのか末期なのか
しかし、癌かもしれないのに
医師はなんで予約日を早くに変えてくれないかな
高齢だから変わらないと思ってるのかな

・・・それにしても、なんであの時の血液検査の結果用紙が見つからないんだろう?
1番大事なものだったのに
ああ、いやだ。
もし・・・だったら、私は10月が1番嫌いな月になる
ただでさえ、情緒不安定な季節になるというのに

それにしても、正直・・・だったら
早いよ
父が亡くなってまだ2年・・・
もし・・・だったら、また母が!?
どうしよう・・・まだまだ教えてほしいことがあるのに
いろいろ家の問題があるのに
そして、また1から法事をし直さないと思うと
正直つらい・・・
ようやく父の3回忌がおわったところなのに
ようやくホッと一息つくかと思ったのに
という気持ちも正直ある
もっと時間を下さい。
そんなに追い立てないで下さい。
どうか、お父さん、お母さんを守ってください!!

・・・にしても、なんで
今までの医師は気が付いてくれなかったんだろう?
今の医師も6月に内視鏡しようと思えばできただろうに(まあ、お尻はともかく)
ああ、不安だ。
どうかお母さん長生きしてください。
そこにいるだけでいいんです。

拍手

2014/10/11 (Sat)
一昨日、ケアマネから電話連絡があり、10月のプランを作ったので
署名押印が欲しいとのことで、昨日の朝、訪問があった。
てっきり一人かと思ったら、もう一人男性の方が見えたので
スタッフの人かな?と思いつつ、部屋にお通しした。

プランはさらっと目を通しただけだが、
思わず「ん?」となったことがあって。
それは、「認知症と診断された」「認知症の薬を拒否し」の部分。
「あの~、認知症って診断されたわけじゃないんですけど」
って、(母の手前)こそっと言ったら、
ケアマネさんは目を丸くして「え?!あ、そうなんですか??」と。
今まで、介護認定調査員にも「認知症」だと言ったことないし
主治医にも「認知症」だと言われたこともない。
(そりゃ、認知症っぽい症状はあるけど、本人が病院へ行きたがらないので
正確な診断はできずじまいな状態なんで)
ただ、主治医が意見書でどう書いたか知らないけれど
(確認する気力もないけども)
しかし、母の前で今までの内密な内容を口に出来ず
「また後で」とこそっとケアマネさんに言っておいた。
しかし、耳ざとい母は、また私が自分の不都合なことを言われるかと思うと気が気でないらしく、またケアマネさんの前で私が母のことを言うのが気に入らないみたいで
(恥ずかしいと思う内容らしい)「余計なことは言うな、要らないことは言うな」と何度も後で念を押された。
でも、介護調査員や主治医に知らせたことは、やはり知ってもらいたいので
後でまた手紙を書こうと決めた。

んで、プランの説明を受けている間も
母が何やら世間話をするので、脱線しまくり。
その中で知ったことは
前回、母が人に頼まれかばんを買ってもっていったら、相手の人は認知症が進んで覚えておらず・・・という件があったが、
それに関して
やはり「デイでは金銭や物の授受はしない」ということ。
まあ、当たり前といえば当たり前だろうが。
お金も使うところがないので、持っていかない。
ちなみに、口が寂しい時に、飴などを持っていくのはどうかと尋ねたら
それもNGらしい。
まあ、健康状態で食事制限している人もいるだろうしな。
と思ったら、やはり糖尿などで、お菓子を家から準備している人もいるそうな。
しかし、母は人にやるのが好きだしなあとボヤいたら
ケアマネさんが「よくあります」と頷かれる。
内緒で受け渡ししている人もいるとか。(バレバレらしいけど)

で、最後に名刺を出しそびれていた隣の男性がやっと挨拶できる場となったが
なんと、この方が後日入ってもらうケアマネのパートの方だとか。
あれ、てっきり女性かとばかり思ってた。
パートっていうから、イメージ的に家事と並行しているのかとばかり。
気がよさそうな人だったけど。
ちなみに、こないだ母がデイで教えてもらった体操は
(家でもやってたんだけど)この方に教えてもらったとか。
なんでも、先月から数回施設に入ってもらっていたとか。
なるほどな。

あと、毎月の訪問について
これも聞いてみたかったことがあって。
やはり家の人がいたほうがいいんだよねってことで。
そしたら、まあ、ご家族の人がいたほうがいいとが思うが
用事があって留守の場合は
サインと印鑑さえできれば本人さんだけでもいいって言われて
なるほどなと再確認。
というのも、前のケアマネさんにも初回に聞いてみたのだ。
「やっぱ家族はいなくちゃいけませんか?」って。
そうしたら「いえ、別に結構ですよ」と即答だった。
たしかに、遠方から介護しているご家族もいることだし
いつもそばにいられないことも多々あるのはわかってたんだけど、念のため。
だって、やっぱ心配だしさあ・・・
何しろ、訪問者が来ても母は玄関まで行くのに時間がかかるし
名前を書くのも、明るいところできちんとした場所でないと無理だし。
ってことで、閃いた。

そうだ、今は毎週1回テリボンを打ちにいっているんだから
その時に、病院の隣にあるデイ施設に顔を出せばいいんじゃないかと。
そしたら、いちいち待ってなくてもいいし
家に上がってもらう必要もないし
向こうもわざわざ来る必要もなし。

ってことで、そういう話になった。
で、今回のプランで先に書いた相違点を修正するというので
翌日テリボンを打つ日に伺うと約束した。

で、その夜私は、母のことをケアマネさんに説明するべく手紙を作成し
(といっても、医師や介護認定調査員に渡した文のコピペや一部修正で)
渡すために封筒に入れて鞄に入れた。
そして、母に知らせずに手渡す予定で。

なにせ母はまた「余計なことを言うなよ」と牽制するのだから。

拍手

忍者ブログ [PR]

* ILLUSTRATION BY nyao *