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2012/06/04 (Mon)
5月13日
父は連休明けに外来のまま入院し、家に帰ることができないでいます。
というのも、あのあと医師が言う選択肢が
1)ずっと病院で入院している(動けるなら外出・外泊も可)
ただし、緩和ケア病院専門ではないので十分なケアができるか。
もし入院したままだと、残された時間を有効に使えないかも。
2)動ける間は家にいて、具合が悪くなったら外来・もしくは入院
(ただし、外来だとなかなかすぐに対応できない場合がある)
3)入院してて緩和ケア病院の空きを待つ(ただし、命がもつかは不明)
の3つでした。
まあ、経営で言えば、あまりいてほしくない患者なんでしょうが
とりあえず家に戻れとは言わなかったなあと思いました。
で、1番がいいかもしれないなと家族が言ってて
土日ぐらい家に帰ったほうが張り合いがあるんじゃないかと思ってました。
そして私たちは父もまた家に帰りたいだろう。
そう思ってました。
でも、どうやって不自然なく父に言おうか困ってしまって
みんな難しい役目を引き受けたがらず喧嘩になったりして。
結局、母が病院に行ったついでに
「土日に家に帰ろう」と言ったんですが。
父の言葉は否でした。
それも、理由が体がえらいから。
帰りたいけど、入院しているほうが楽だから。
それを聞いては何も言えませんでした。
たぶん、体力の低下で車に乗ったり移動したりするのがえらくなったのでしょう。
でも、自分の体をよく知っている父の判断ですから仕方ありません。
今覚えば、連休明けの緊急入院の際
入院の準備をしに、私は一時帰宅しましたが
父はえらいから残ると、家に帰らなかったのです。
本当にこのG.W.中が苦しかったのでしょう。
今更言っても仕方がないけど
あの時もっと早く専門医に診てもらえて入院していたら・・・(癌はともかく)症状の緩和に対処してもらえたのではと残念でなりません。
(病院には連絡したけど、休日のため対処してもらえませんでした)
母は父に「家に帰ろう」と言った時(私は席をはずしていましたが、戻った時、)母は涙ぐんでいました。
(ちょっとまずいよ~、そんなことぐらいで涙ぐんだら)
とか思いましたけど、それも仕方ないですよね。
もう家に戻れないかもしれないなんて、考えたら・・・ね。
たしかに自宅では、廊下や扉・段差があって
たびたびトイレに行くのも大変かもしれません。
具合が悪くなったら対処してもらえるし。
(それに今ではほとんど「寝て・上半身起きて・トイレと洗面所行って・寝て・・・」の繰り返しですから)
そんなわけで、家に帰るという話はおしまいになりました。
当然と言えば当然なんですが
あれから家族がピリピリしててね~
ちょっとしたことで喧嘩になっています。
特に、姉が神経質になったかな。
今まで動けなかった(動かなかった)分、いろいろ指図をしたり、物をもってくるようになりました。
ようやく危機感をもったのでしょう。私にしてみれば遅いと思いますけど。
私は何度もこの病気の質の悪さを説明し
姉には後悔のないように、と言ってきたのですが
現実としてとらえていなかったようです。
というよりも、考えないようにしていたのでしょう。
でもって、母が葬儀の準備について話すと激怒しています。
私は特に父に対してしていることは、今まで通りです。
今まで通りのことを続けるだけです。
でも、歩くのがえらくなってきたから運動はできないし・・・
なので、寝ながらできることを考えるかな。
あと、入院食を食べ(られ)ないと体力が落ちて困るので
医師から今まで食事療法をしていた持病が悪くなるよりも
癌のほうが早いから気にしなくていいと言われたから(それも微妙)
この際口にできるものなら何でもいいやと
家から差し入れを持って行っています。
今日も昼前に父の好きな素麺を炊いて土鍋に入れて持っていきました。
着いた時には伸びて汁もなくなってたけど
父には珍しくよく食べていたのでよかったです。
(あとで気分悪そうだったけど)
そういえば、今朝はわりと顔色もよく、快便だったらしいから
今日は調子よさそうかなと
ヒーラーさんのおかげかもしれないなと思いました。
父は連休明けに外来のまま入院し、家に帰ることができないでいます。
というのも、あのあと医師が言う選択肢が
1)ずっと病院で入院している(動けるなら外出・外泊も可)
ただし、緩和ケア病院専門ではないので十分なケアができるか。
もし入院したままだと、残された時間を有効に使えないかも。
2)動ける間は家にいて、具合が悪くなったら外来・もしくは入院
(ただし、外来だとなかなかすぐに対応できない場合がある)
3)入院してて緩和ケア病院の空きを待つ(ただし、命がもつかは不明)
の3つでした。
まあ、経営で言えば、あまりいてほしくない患者なんでしょうが
とりあえず家に戻れとは言わなかったなあと思いました。
で、1番がいいかもしれないなと家族が言ってて
土日ぐらい家に帰ったほうが張り合いがあるんじゃないかと思ってました。
そして私たちは父もまた家に帰りたいだろう。
そう思ってました。
でも、どうやって不自然なく父に言おうか困ってしまって
みんな難しい役目を引き受けたがらず喧嘩になったりして。
結局、母が病院に行ったついでに
「土日に家に帰ろう」と言ったんですが。
父の言葉は否でした。
それも、理由が体がえらいから。
帰りたいけど、入院しているほうが楽だから。
それを聞いては何も言えませんでした。
たぶん、体力の低下で車に乗ったり移動したりするのがえらくなったのでしょう。
でも、自分の体をよく知っている父の判断ですから仕方ありません。
今覚えば、連休明けの緊急入院の際
入院の準備をしに、私は一時帰宅しましたが
父はえらいから残ると、家に帰らなかったのです。
本当にこのG.W.中が苦しかったのでしょう。
今更言っても仕方がないけど
あの時もっと早く専門医に診てもらえて入院していたら・・・(癌はともかく)症状の緩和に対処してもらえたのではと残念でなりません。
(病院には連絡したけど、休日のため対処してもらえませんでした)
母は父に「家に帰ろう」と言った時(私は席をはずしていましたが、戻った時、)母は涙ぐんでいました。
(ちょっとまずいよ~、そんなことぐらいで涙ぐんだら)
とか思いましたけど、それも仕方ないですよね。
もう家に戻れないかもしれないなんて、考えたら・・・ね。
たしかに自宅では、廊下や扉・段差があって
たびたびトイレに行くのも大変かもしれません。
具合が悪くなったら対処してもらえるし。
(それに今ではほとんど「寝て・上半身起きて・トイレと洗面所行って・寝て・・・」の繰り返しですから)
そんなわけで、家に帰るという話はおしまいになりました。
当然と言えば当然なんですが
あれから家族がピリピリしててね~
ちょっとしたことで喧嘩になっています。
特に、姉が神経質になったかな。
今まで動けなかった(動かなかった)分、いろいろ指図をしたり、物をもってくるようになりました。
ようやく危機感をもったのでしょう。私にしてみれば遅いと思いますけど。
私は何度もこの病気の質の悪さを説明し
姉には後悔のないように、と言ってきたのですが
現実としてとらえていなかったようです。
というよりも、考えないようにしていたのでしょう。
でもって、母が葬儀の準備について話すと激怒しています。
私は特に父に対してしていることは、今まで通りです。
今まで通りのことを続けるだけです。
でも、歩くのがえらくなってきたから運動はできないし・・・
なので、寝ながらできることを考えるかな。
あと、入院食を食べ(られ)ないと体力が落ちて困るので
医師から今まで食事療法をしていた持病が悪くなるよりも
癌のほうが早いから気にしなくていいと言われたから(それも微妙)
この際口にできるものなら何でもいいやと
家から差し入れを持って行っています。
今日も昼前に父の好きな素麺を炊いて土鍋に入れて持っていきました。
着いた時には伸びて汁もなくなってたけど
父には珍しくよく食べていたのでよかったです。
(あとで気分悪そうだったけど)
そういえば、今朝はわりと顔色もよく、快便だったらしいから
今日は調子よさそうかなと
ヒーラーさんのおかげかもしれないなと思いました。
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2012/06/04 (Mon)
(前半はヒーリングに参加して下さった方へのお礼と、なぜ必要だったかという説明です)
5月10日
うすうす察していらっしゃったかと思いますが、
父は癌に侵され、手術したもののすでに進行しており、今は余命いくばくもありません。
その癌は、癌の中でも「早期発見が困難で、見つけた時は手遅れが多く、手術できるのも全体の2割、たとえ手術をしたとしても余後も悪く、再発・転移もしやすく、進行がきわめて早い、使える抗がん剤も数がなく効き目も効果が薄く、未だ延命治療法が確立されていない生存率のきわめて低い、余命単位も年ではなく月単位の、癌の王様」と呼ばれるものです。
(すみません、病名さえ書くのも拒否反応してしまうのです)
父も例にもれず、指摘されたのはほんの数か月前だというのに
今ではもう食事も量も少なく、起きあがる時間も少なくなってきました。
持病と高齢で薬の投与もなく、すでに手の打ちようがない状態です。
それでも私は父がこの数ヶ月間頑張ってきたことを知っています。
父は(何度も日記にも書いていますが)「なにくそ、病なんかに負けるか」という人でもなく、「もう長生きしたから十分だ」という人でもなく、本当に死に対する恐怖が大きく、すぐに凹んでしまう人です。
そんな父を私はそばで、できるだけ前向きになるように必死でサポートしてきました。
けれど、病の進行は容赦なく、私自身も何度もショックを受けたかわかりません。
父には家族抜きで医師から説明されたことは言っていませんが
入院していても、もう医師が何もしてくれないことに、うすうす察しているようです。
それはとてもとても不安なことです。絶望を感じていることでしょう。
医師は治療できる間はちゃんとやってくれますが、治療ができないと、何もしません。心のケアなどしてくれません。
(緩和ケア専門病院ならいいですが、遠方でしかも順番待ち。入れるかどうかは別にしても、そこへ入るまでに命がもつかどうか)
私は、これまで頑張ってきた父を癒してほしかったのです。
医師に見放された父を、これから自分の身に起こるであろうことに対しても
少しでも不安を取り除き、安らかであってほしいと願ったのです。
少しでも今の不快な症状がとれるのであれば、それに越したことがありません。
もしよろしければ、そう長くはないかもしれない父の命がある限り、こっそりでもサポートしていただけると大変ありがたいです。
本当に今回はありがとうございました。感謝いたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヒーリングの呼びかけをしたのは、医師の話を聞く直前でした。
その少し前の日、私はまだ状況がわかっていない姉に
「あの病気の余命は年ではなく、月単位だよ」と言いました。
母には「もし、余命○カ月と言われても、データ上のことだから」と
クッションを置きました。
そしてそれが功を奏しました。
医師の言葉を聞いた時、誰も涙を見せませんでした。
医師の言葉では
父はもう何もできないと言われました。
それもあと1カ月もたないかもしれないとも言われました。
でも・・・驚きはしませんでした。
(辛いけど)やっぱりか・・・という思いでした。
なぜって、今までの父の状態を振り返ると1月ごとに悪くなっているのですから。
1カ月だなんて、本当に早すぎます。
考える暇もありません。
ついこの間、わかって、手術して、退院して、症状がでて、
そうしてもう手の打ちようがない。
だから、考えたくはなかったけれど
父を看病する一方、家族は万一の時の(お葬式などの)ことも考えなくてはならなくなりました。
もちろん、あってほしくないことです。
そして医師が話をしたその日を境に
父は段々と体を起こす時間が短くなってきたように感じました。
(でも、まだ自分で歩けます)
気分がすぐれないため、ずいぶん前から食事も少なくなっています。
(でも、自分で食べられます)
父は私が渡している健康食品は忘れずに口にしているのですよね。
それも切ないです。
だから、手を当てていびきをかいて寝ている間はホッとします。
私はこの入院から、夜9時まで付き添っています。
これからよくなることのない父を見守っていかねばなりません。
私はこのために、今の時間があるのだと思います。
(だから、退職しなければならなかったのかと思います)
1日でも長く父を見ていたいです。
(前半はヒーリングに参加して下さった方へのお礼と、なぜ必要だったかという説明です)
5月10日
うすうす察していらっしゃったかと思いますが、
父は癌に侵され、手術したもののすでに進行しており、今は余命いくばくもありません。
その癌は、癌の中でも「早期発見が困難で、見つけた時は手遅れが多く、手術できるのも全体の2割、たとえ手術をしたとしても余後も悪く、再発・転移もしやすく、進行がきわめて早い、使える抗がん剤も数がなく効き目も効果が薄く、未だ延命治療法が確立されていない生存率のきわめて低い、余命単位も年ではなく月単位の、癌の王様」と呼ばれるものです。
(すみません、病名さえ書くのも拒否反応してしまうのです)
父も例にもれず、指摘されたのはほんの数か月前だというのに
今ではもう食事も量も少なく、起きあがる時間も少なくなってきました。
持病と高齢で薬の投与もなく、すでに手の打ちようがない状態です。
それでも私は父がこの数ヶ月間頑張ってきたことを知っています。
父は(何度も日記にも書いていますが)「なにくそ、病なんかに負けるか」という人でもなく、「もう長生きしたから十分だ」という人でもなく、本当に死に対する恐怖が大きく、すぐに凹んでしまう人です。
そんな父を私はそばで、できるだけ前向きになるように必死でサポートしてきました。
けれど、病の進行は容赦なく、私自身も何度もショックを受けたかわかりません。
父には家族抜きで医師から説明されたことは言っていませんが
入院していても、もう医師が何もしてくれないことに、うすうす察しているようです。
それはとてもとても不安なことです。絶望を感じていることでしょう。
医師は治療できる間はちゃんとやってくれますが、治療ができないと、何もしません。心のケアなどしてくれません。
(緩和ケア専門病院ならいいですが、遠方でしかも順番待ち。入れるかどうかは別にしても、そこへ入るまでに命がもつかどうか)
私は、これまで頑張ってきた父を癒してほしかったのです。
医師に見放された父を、これから自分の身に起こるであろうことに対しても
少しでも不安を取り除き、安らかであってほしいと願ったのです。
少しでも今の不快な症状がとれるのであれば、それに越したことがありません。
もしよろしければ、そう長くはないかもしれない父の命がある限り、こっそりでもサポートしていただけると大変ありがたいです。
本当に今回はありがとうございました。感謝いたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヒーリングの呼びかけをしたのは、医師の話を聞く直前でした。
その少し前の日、私はまだ状況がわかっていない姉に
「あの病気の余命は年ではなく、月単位だよ」と言いました。
母には「もし、余命○カ月と言われても、データ上のことだから」と
クッションを置きました。
そしてそれが功を奏しました。
医師の言葉を聞いた時、誰も涙を見せませんでした。
医師の言葉では
父はもう何もできないと言われました。
それもあと1カ月もたないかもしれないとも言われました。
でも・・・驚きはしませんでした。
(辛いけど)やっぱりか・・・という思いでした。
なぜって、今までの父の状態を振り返ると1月ごとに悪くなっているのですから。
1カ月だなんて、本当に早すぎます。
考える暇もありません。
ついこの間、わかって、手術して、退院して、症状がでて、
そうしてもう手の打ちようがない。
だから、考えたくはなかったけれど
父を看病する一方、家族は万一の時の(お葬式などの)ことも考えなくてはならなくなりました。
もちろん、あってほしくないことです。
そして医師が話をしたその日を境に
父は段々と体を起こす時間が短くなってきたように感じました。
(でも、まだ自分で歩けます)
気分がすぐれないため、ずいぶん前から食事も少なくなっています。
(でも、自分で食べられます)
父は私が渡している健康食品は忘れずに口にしているのですよね。
それも切ないです。
だから、手を当てていびきをかいて寝ている間はホッとします。
私はこの入院から、夜9時まで付き添っています。
これからよくなることのない父を見守っていかねばなりません。
私はこのために、今の時間があるのだと思います。
(だから、退職しなければならなかったのかと思います)
1日でも長く父を見ていたいです。
2012/06/03 (Sun)
(残された時間の中で、いったい私に何が出来るのか。
そう考えて、まだしていないことといえば・・・
レイキのヒーリングの協力を仰ぐこと。
とても勇気がいりました。不安でした。
まだ参加してまもないSNSで、どれだけの方が手をあげてくれるのか。
それでも、せずに後悔するよりは・・・と思い、呼びかけました)
5月9日
正直、医学的に父の体はもうダメかもしれません。
病気の進行を止めるすべがありません。
そして今日、看護師から呼び出しを受けました。
明日の夜、昨日のあの若い内科医の先生の話を聞くことになります。
それは「本人抜き」で、です。
今までずっと、父も同席していましたから
おそらく、末期だということと、余命などを聞くのではと思います。
今更わかっていることを、どうしてまた聞かされなければいけないのか。
辛いです・・・
本当に辛いです
でも、見た目はそれほど悪くみえないんです。
頑張って今日も食事を食べていました。
私が足が冷えていると思って、ひざ下を温めていたら
いびきをかいて寝ていました。
(ここのところ、自分でもレイキが扱えなくなったかと思うぐらいでしたが
今日は感じました)
今更遅いと思うかもしれません。
それでも、少しでも父を癒してほしいのです。
これは期待・・・とかではなく
ただただ癒してほしいだけなんです。
力のない娘からですが、どうかよろしくお願いします。
こっそりでもかまいません(コメントはおまかせします)
名前は「・・・・・・・」です。
時間は問いませんので、気が向いたらで結構です。
よろしければ、どうぞお願いします。
(そうして5人の方が、参加してくださって本当にありがたかったです。
ちょうど設定した日は、父の調子もよかったし。
必要な時に現れると思ったので。
今思っても、やって呼びかけてよかったと思います)
そう考えて、まだしていないことといえば・・・
レイキのヒーリングの協力を仰ぐこと。
とても勇気がいりました。不安でした。
まだ参加してまもないSNSで、どれだけの方が手をあげてくれるのか。
それでも、せずに後悔するよりは・・・と思い、呼びかけました)
5月9日
正直、医学的に父の体はもうダメかもしれません。
病気の進行を止めるすべがありません。
そして今日、看護師から呼び出しを受けました。
明日の夜、昨日のあの若い内科医の先生の話を聞くことになります。
それは「本人抜き」で、です。
今までずっと、父も同席していましたから
おそらく、末期だということと、余命などを聞くのではと思います。
今更わかっていることを、どうしてまた聞かされなければいけないのか。
辛いです・・・
本当に辛いです
でも、見た目はそれほど悪くみえないんです。
頑張って今日も食事を食べていました。
私が足が冷えていると思って、ひざ下を温めていたら
いびきをかいて寝ていました。
(ここのところ、自分でもレイキが扱えなくなったかと思うぐらいでしたが
今日は感じました)
今更遅いと思うかもしれません。
それでも、少しでも父を癒してほしいのです。
これは期待・・・とかではなく
ただただ癒してほしいだけなんです。
力のない娘からですが、どうかよろしくお願いします。
こっそりでもかまいません(コメントはおまかせします)
名前は「・・・・・・・」です。
時間は問いませんので、気が向いたらで結構です。
よろしければ、どうぞお願いします。
(そうして5人の方が、参加してくださって本当にありがたかったです。
ちょうど設定した日は、父の調子もよかったし。
必要な時に現れると思ったので。
今思っても、やって呼びかけてよかったと思います)
2012/06/03 (Sun)
同じく5月8日
今日もガーンときました。というか泣きました。
父の入院2日目。
食事が出ている時はお昼直前に行くのですが
(食事の時間が重要なので)
今は検査のために昨夜から絶食中なので、少しのんびり。
(といっても、父は昨日の昼からほとんど口にしてません)
病室に行った時は、父は検査の準備?の点滴を打っていました。
すでに検査が終わったのかと思ったら、これからだということです。
今日は昨日みたいに「入院前」で病院の駐車場がタダにならないから
また節約するため、時間をみて出入りしないといけないかなあ(めんどくさ~)と思っていました。(入って1時間は無料。外来患者は清算時に無料)
ところが、検査の準備ができたのかベッドで移動することになり
私が「どれぐらいの時間がかかりますか?」と尋ねたところ
人それぞれだが、約1時間はかかるらしいとのこと。
では、その間、駐車場の外に出ていてもいいかなあと思ったら
一人の看護師さんが「駐車場のスタンプを押しましょうか?」
と言ってくれたので、ラッキー☆とばかり頼みました。
(病院側が要請した場合、医療スタッフのスタンプをもらうと、無料になる)
これで、今日1日どれだけいても無料になったわけです。
その代わり一度外へ出ると券を使用してしまうので、出られなくなりました。
そんなわけで、病室で待っている間
自己ヒーリングしていました。
そうして1時間以上たって、父がベッドに寝たまま戻ってきました。
検査に麻酔?をしたのか、眠たくなる薬を使ったみたいで
それがよく効いているらしく、ずっと寝ていました。(夜の6時すぎまで)
どちらにしても、3時間は安静していないといけないからちょうどよかったんですが。(や~、途中尿瓶を使わなくてよかった)
途中、寒いというから足とかも温めていました。
ちなみに父が寝ている間、外科の先生が
内科から話が行ったのか、様子を見にきました。
急にこんなことになって、先生も弱った顔をしていました。
でも、そこまではまだよかったです。
問題は、今回の入院で、これまた初めて目にするT医師が今回の主治医。外来の先生に名前がなかったので、病棟専門でしょうか。
病院のHPでみたところ、まだ大学を卒業して2年ほど。
私は初対面でしたが、その先生はいきなり今回の検査の主旨を説明しはじめ、症状の原因の可能性等を話し始めました。
その内容はとても辛いものでした。
まあ、予想はしていましたけども、改めて聞きたい内容ではありませんでした。
要するに、今回のことはおそらく例の重病の進行による症状だろうということで、先行きかなり厳しいということの再確認でしょうか。
(まあ、医師にとっては父のような場合、心の中ではすでに「もうダメだろ」的な見方をしていますからね。
知ってますか?高齢で余命宣告を受けた患者が、
医者に言われたくない言葉の1つが、「もう○歳まで生きたじゃないですか」とか「十分長生きしたじゃないですか」だそうですよ。
ちなみに外科の先生もね、最近じゃ私に「娘さんも体を大事に」なんて会うたび言ってくれるんですよ)
厳しいのはわかってますよ。
この病気を知った時から、ね。(あと何回ガーンてなるんだろ?)
ただね・・・
この先生、経験値が少ないせいか、
ホントに教科書に書いてある病気の説明文を丸暗記して読んでいるだけみたいな、ただ言葉を並べ立てているだけのように感じました。
たぶんわかりやすいように詳細に説明してくれているんだと思いますが、
事実かもしれないけど、救いようのない言葉で
患者の気持ちなんてわかってないと思う言い方でした。
(まあ、言い方はどうであれ事実は変わりませんが)
それで最後に「何か質問はないですか?」なんて言われて、
私は「言っても何もできませんしね」としか言えませんでした。
正直あの先生の説明の仕方は、逆なでするものです。
(と同時に、検査後の家族説明会も何を言うか恐怖を覚えました)
そしてまた父を思い、泣けました。
しかも、その医師が説明している時、父はまだ眠薬の影響でうとうと寝ていました。
私は内心、病室で、しかも父の前でそんなことを言うのかと思いました。
(父にも聞かせるつもりで言っていたのか)
最後に「父は気が小さいので、あまりはっきりとは言わないで」と小声で言ったのですが、どこまで医師に伝わったかどうか。
でも、後で父は「寝ていた間はうとうとしていただけで人の声は聞こえていた」と言っていたので、医師の話を聞いていたのかどっちだろ?と思ったんですが、どうも覚えていなかったようです。
外科の先生が来たことも覚えていませんでした。
ところで、今まで体調不良で病院にかかるようになって以来、父はずっと症状や医師の話、検査の内容をメモにを取り続けています。
耳が遠くなった最近は、付き添いの私に書かせています。
だから、そこには嘘を書けません。
ですが、嘘ではない範囲で表現を変えることはあります。
できるだけ不安を抱かさないように。
なので、今日の医師の救いようのない話を
本当はどうメモに書こうか迷いました。
全く書かないでいることもできるけど、あの医師に説明会で直球で言われるよりはクッションを置いた方がいいかなとか
父も凹んでばかりでなく、少しは自覚というか、病気を受けとめないといけないんじゃないだろうかとかいろいろ。
なので、結局、可能性として不本意な事態もありえるという形にしました。
(日本人が得意なアバウトな表現)
そして9時前の帰る直前、ちょうど起きあがった父に、もらった入院計画書と一緒にメモを目の前で見せました。
今晩、大丈夫だろうか。と思いながらその間手を当てていました。
父はメモを読んだ後、何も言いませんでした。
そうして普通の会話をして、私は帰りました。
本当に。
性質(タチ)の悪い病気だと聞いていたけど
こんなに、決まった台本のようになっていくなんてね。
ノンストップ急行っていうの?
父がこんな状態じゃなかったら
きっとわくわくしながらレイキを学んでいたのになあ。
心を落ち着かせようと思ったのに
なかなか落ち着くことができません。
寝る前に自己ヒーしよう。
「淡々と」って・・・難しいですね。
いったい私にあと何ができるんだろう?
今日もガーンときました。というか泣きました。
父の入院2日目。
食事が出ている時はお昼直前に行くのですが
(食事の時間が重要なので)
今は検査のために昨夜から絶食中なので、少しのんびり。
(といっても、父は昨日の昼からほとんど口にしてません)
病室に行った時は、父は検査の準備?の点滴を打っていました。
すでに検査が終わったのかと思ったら、これからだということです。
今日は昨日みたいに「入院前」で病院の駐車場がタダにならないから
また節約するため、時間をみて出入りしないといけないかなあ(めんどくさ~)と思っていました。(入って1時間は無料。外来患者は清算時に無料)
ところが、検査の準備ができたのかベッドで移動することになり
私が「どれぐらいの時間がかかりますか?」と尋ねたところ
人それぞれだが、約1時間はかかるらしいとのこと。
では、その間、駐車場の外に出ていてもいいかなあと思ったら
一人の看護師さんが「駐車場のスタンプを押しましょうか?」
と言ってくれたので、ラッキー☆とばかり頼みました。
(病院側が要請した場合、医療スタッフのスタンプをもらうと、無料になる)
これで、今日1日どれだけいても無料になったわけです。
その代わり一度外へ出ると券を使用してしまうので、出られなくなりました。
そんなわけで、病室で待っている間
自己ヒーリングしていました。
そうして1時間以上たって、父がベッドに寝たまま戻ってきました。
検査に麻酔?をしたのか、眠たくなる薬を使ったみたいで
それがよく効いているらしく、ずっと寝ていました。(夜の6時すぎまで)
どちらにしても、3時間は安静していないといけないからちょうどよかったんですが。(や~、途中尿瓶を使わなくてよかった)
途中、寒いというから足とかも温めていました。
ちなみに父が寝ている間、外科の先生が
内科から話が行ったのか、様子を見にきました。
急にこんなことになって、先生も弱った顔をしていました。
でも、そこまではまだよかったです。
問題は、今回の入院で、これまた初めて目にするT医師が今回の主治医。外来の先生に名前がなかったので、病棟専門でしょうか。
病院のHPでみたところ、まだ大学を卒業して2年ほど。
私は初対面でしたが、その先生はいきなり今回の検査の主旨を説明しはじめ、症状の原因の可能性等を話し始めました。
その内容はとても辛いものでした。
まあ、予想はしていましたけども、改めて聞きたい内容ではありませんでした。
要するに、今回のことはおそらく例の重病の進行による症状だろうということで、先行きかなり厳しいということの再確認でしょうか。
(まあ、医師にとっては父のような場合、心の中ではすでに「もうダメだろ」的な見方をしていますからね。
知ってますか?高齢で余命宣告を受けた患者が、
医者に言われたくない言葉の1つが、「もう○歳まで生きたじゃないですか」とか「十分長生きしたじゃないですか」だそうですよ。
ちなみに外科の先生もね、最近じゃ私に「娘さんも体を大事に」なんて会うたび言ってくれるんですよ)
厳しいのはわかってますよ。
この病気を知った時から、ね。(あと何回ガーンてなるんだろ?)
ただね・・・
この先生、経験値が少ないせいか、
ホントに教科書に書いてある病気の説明文を丸暗記して読んでいるだけみたいな、ただ言葉を並べ立てているだけのように感じました。
たぶんわかりやすいように詳細に説明してくれているんだと思いますが、
事実かもしれないけど、救いようのない言葉で
患者の気持ちなんてわかってないと思う言い方でした。
(まあ、言い方はどうであれ事実は変わりませんが)
それで最後に「何か質問はないですか?」なんて言われて、
私は「言っても何もできませんしね」としか言えませんでした。
正直あの先生の説明の仕方は、逆なでするものです。
(と同時に、検査後の家族説明会も何を言うか恐怖を覚えました)
そしてまた父を思い、泣けました。
しかも、その医師が説明している時、父はまだ眠薬の影響でうとうと寝ていました。
私は内心、病室で、しかも父の前でそんなことを言うのかと思いました。
(父にも聞かせるつもりで言っていたのか)
最後に「父は気が小さいので、あまりはっきりとは言わないで」と小声で言ったのですが、どこまで医師に伝わったかどうか。
でも、後で父は「寝ていた間はうとうとしていただけで人の声は聞こえていた」と言っていたので、医師の話を聞いていたのかどっちだろ?と思ったんですが、どうも覚えていなかったようです。
外科の先生が来たことも覚えていませんでした。
ところで、今まで体調不良で病院にかかるようになって以来、父はずっと症状や医師の話、検査の内容をメモにを取り続けています。
耳が遠くなった最近は、付き添いの私に書かせています。
だから、そこには嘘を書けません。
ですが、嘘ではない範囲で表現を変えることはあります。
できるだけ不安を抱かさないように。
なので、今日の医師の救いようのない話を
本当はどうメモに書こうか迷いました。
全く書かないでいることもできるけど、あの医師に説明会で直球で言われるよりはクッションを置いた方がいいかなとか
父も凹んでばかりでなく、少しは自覚というか、病気を受けとめないといけないんじゃないだろうかとかいろいろ。
なので、結局、可能性として不本意な事態もありえるという形にしました。
(日本人が得意なアバウトな表現)
そして9時前の帰る直前、ちょうど起きあがった父に、もらった入院計画書と一緒にメモを目の前で見せました。
今晩、大丈夫だろうか。と思いながらその間手を当てていました。
父はメモを読んだ後、何も言いませんでした。
そうして普通の会話をして、私は帰りました。
本当に。
性質(タチ)の悪い病気だと聞いていたけど
こんなに、決まった台本のようになっていくなんてね。
ノンストップ急行っていうの?
父がこんな状態じゃなかったら
きっとわくわくしながらレイキを学んでいたのになあ。
心を落ち着かせようと思ったのに
なかなか落ち着くことができません。
寝る前に自己ヒーしよう。
「淡々と」って・・・難しいですね。
いったい私にあと何ができるんだろう?
2012/06/03 (Sun)
5月8日
もう昨日になってしまいましたが、
7日の朝、ようやく病院に連れて行ける~
と思って父を連れて行きました。
案の定、かなり悪い状態になっていて
検査後、お昼も食べないまま午後2時過ぎに当日入院することに。
また長くなりそうです。ふう
全くね、連休さえなければもっと早く診てもらえたのに。
28日に電話もいれたのに緊急扱いされなかったし。
だから我慢して5月1日に連れて行ったのに
初診扱いで専門分野の医者が担当じゃなかったおかげで
ホントに余計な遠回りをしました。
そもそもは、4月27日にも病院に行ったのに
これまた専門分野以外だったので指摘してもらえませんでした。
本当にこんな医療システムでいいんでしょうか。
臓器等を別々に診るのではなく、人全体を診てくれる医師・病院が欲しいです。
今日・・・じゃない昨日も、初診扱いで初めての先生だったんです。
でも、その先生は専門分野だったので
いろいろ検査をした上で「これは入院しないといけない(やばい)」と判断したんでしょうね。
確かに今までの症状がひどくなったからはっきりしてきた面もあったかもしれませんが。
私は私で、また別の先生になると一から説明しなくてはいけないと思い、術後3月21日から5月6日までの外来や症状・食事の状況等を抜粋・要約したものを、まるでスケジュール表のように作成し、A4の用紙3枚分を準備しておきました。
医師によっては全く無視されるんでしょうが、今回その経過書類は、受付看護師から医師へ、それから病棟の看護師まで回してもらったようなので、多少参考にしてくれるといいなあと思っています。
それはともかく、父はまたもや入院ということで凹んでしまいました。はあ
家族は家で苦しんでいるより、病院で診てもらったほうがいいと思っています。
母も「そのほうがあしゃんも食事も考えなくていいから疲れないだろ?」って。
姉も「いつ診てくれるかわからないより、病院にいるほうがいいよ」と言っていました。
私は複雑です。
とはいえ、まさか当日入院とは思わず、
まだ入院のための検査が終わっていない父を残して
入院の支度を整えるために、一度家に帰りました。
家では母が、体がえらいから行かないと言い。
私はいくつかの荷物を持って再度夕方病院へ向かいました。
当然ながらまた相部屋ですが、看護師さんに言わせると静かな人ばかりらしいです。
(先日みたいなことがあると、ちょっと神経質になってしまいます)
ちなみに、その看護師さんは、手術前にも顔を合わしたことがあったらしく、父を覚えていました。
先日の検査入院の時も、白内障の手術を受けた時の看護師さんがいたらしく父を覚えていました。
病院の常連になってるっていうのも、歓迎できるもんじゃないですよね(苦笑)
とにかく、再び入院となり、私もまた通うこととなります。
今日・・・じゃない昨日は、(入院日なので駐車代無料だったので)
面会時間の夜9時前までいて
家にいる時間よりは少ないですが
温めたり、もみもみしたり、手をあてていました。
父の食事に時間をとられない分
この機会に、また自己ヒーリングをして、こちらも充電しないといけないなあと思っています。
まあ、病気が病気だから、不安は常につきまとっていますけどね。
もう昨日になってしまいましたが、
7日の朝、ようやく病院に連れて行ける~
と思って父を連れて行きました。
案の定、かなり悪い状態になっていて
検査後、お昼も食べないまま午後2時過ぎに当日入院することに。
また長くなりそうです。ふう
全くね、連休さえなければもっと早く診てもらえたのに。
28日に電話もいれたのに緊急扱いされなかったし。
だから我慢して5月1日に連れて行ったのに
初診扱いで専門分野の医者が担当じゃなかったおかげで
ホントに余計な遠回りをしました。
そもそもは、4月27日にも病院に行ったのに
これまた専門分野以外だったので指摘してもらえませんでした。
本当にこんな医療システムでいいんでしょうか。
臓器等を別々に診るのではなく、人全体を診てくれる医師・病院が欲しいです。
今日・・・じゃない昨日も、初診扱いで初めての先生だったんです。
でも、その先生は専門分野だったので
いろいろ検査をした上で「これは入院しないといけない(やばい)」と判断したんでしょうね。
確かに今までの症状がひどくなったからはっきりしてきた面もあったかもしれませんが。
私は私で、また別の先生になると一から説明しなくてはいけないと思い、術後3月21日から5月6日までの外来や症状・食事の状況等を抜粋・要約したものを、まるでスケジュール表のように作成し、A4の用紙3枚分を準備しておきました。
医師によっては全く無視されるんでしょうが、今回その経過書類は、受付看護師から医師へ、それから病棟の看護師まで回してもらったようなので、多少参考にしてくれるといいなあと思っています。
それはともかく、父はまたもや入院ということで凹んでしまいました。はあ
家族は家で苦しんでいるより、病院で診てもらったほうがいいと思っています。
母も「そのほうがあしゃんも食事も考えなくていいから疲れないだろ?」って。
姉も「いつ診てくれるかわからないより、病院にいるほうがいいよ」と言っていました。
私は複雑です。
とはいえ、まさか当日入院とは思わず、
まだ入院のための検査が終わっていない父を残して
入院の支度を整えるために、一度家に帰りました。
家では母が、体がえらいから行かないと言い。
私はいくつかの荷物を持って再度夕方病院へ向かいました。
当然ながらまた相部屋ですが、看護師さんに言わせると静かな人ばかりらしいです。
(先日みたいなことがあると、ちょっと神経質になってしまいます)
ちなみに、その看護師さんは、手術前にも顔を合わしたことがあったらしく、父を覚えていました。
先日の検査入院の時も、白内障の手術を受けた時の看護師さんがいたらしく父を覚えていました。
病院の常連になってるっていうのも、歓迎できるもんじゃないですよね(苦笑)
とにかく、再び入院となり、私もまた通うこととなります。
今日・・・じゃない昨日は、(入院日なので駐車代無料だったので)
面会時間の夜9時前までいて
家にいる時間よりは少ないですが
温めたり、もみもみしたり、手をあてていました。
父の食事に時間をとられない分
この機会に、また自己ヒーリングをして、こちらも充電しないといけないなあと思っています。
まあ、病気が病気だから、不安は常につきまとっていますけどね。
2012/06/03 (Sun)
同じく5月5日「父の涙その1」
夜、ちょうど居間にいた時
姉から電話がかかってきて父の様子を尋ねました。
いつも私が父の様子をメールするのですが
(私はPCメインのため)返事が遅いと気になって電話をかけてきたようです。
しかし・・
あの症状はどうか、この症状はどうか。
病院の診察はどうにもならないのか。などなど。
そんなこと私に言ってもどうしようもないこともあるし
そんな普通の軽い病気ではないんだから
1日や2日で、目に見える変化なんてしれてるし
姉さんの言うことは、心配してるからこそなんでしょうけど
今更わかりきったことばかりだし
結局根ほり葉ほり父のことを聞いたとしても
姉さんが何をするというわけでもない
今まで食事療法中の父の食事を作ったこともない人だ
何をしたらいいのかわからないのか
いつも「私は何もできないから」と言う
「あしゃんはかしこいから」とか言う
それが私をどんなに腹立せるか知らない。
そう言っていれば何もしなくていいの?
少し前にも「私はあしゃんみたいにしてやれることがない。
父に何もできないから辛い」と言っていたから
「何もできないことはないでしょう?
気分転換させたり、話しかけたり、そばにいたりすることができるでしょう
家族のサポートが大切なんだよ」
と言った。
何もできない?
誰かに何かしてあげたいと思ったら、何か思いつかない?
たぶん、姉さんも忙しいからそこまで頭が回らないのかもしれない。
いつもこちらから、こういうのが欲しいと言って初めて
果物や水をもってきてくれるが正直安いものだ
お金の問題じゃないとわかってるけど
姉さんにも生活があるから金銭的に高いものは言えないけれど
「今度新車を買いたい」とか言ってるぐらいなら
あちこちで外食や出かけるぐらいなら
もっと父にしてあげることはあるんじゃないの?と思わずにはいられない。
(まあ、その代わり、姉には休日に母のお守&相手というか運転手を頼んでいますけどね)
だから、先日私が父に(少し値段の張る)体を温める器具を購入し
父の体を温めていた時に、案の定姉が「私も肩がこってるんだよね」
と言いだしたので、「またか」と思った。
姉は自分ではお金を出さないくせに、人が買うと「貸して」と言う。
姉の稼ぎなら、簡単に手に入るものなのに。
ちなみに家の中のものもいつのまにか持って行ってなくなっている。
冷蔵庫の中身も然り。
・・・・
もしかして、私のほうがおかしいのかもしれない。
もっと父と距離をとったほうがいいのかもしれない。
だけど、私は後悔したくないから、少しでもよくなってほしいから
欲しいものも我慢して節約して、父の体にいいものを買ってあげたいと思った。
別に自己犠牲に酔ってるわけではない。
(確かに誰かのために役に立つ行為というのは、存在意義、もしくは依存の1つになると思うけれど)
でも、それが父の重荷になっているのならどうだろう
以前、私は父のことをこう書いた。
父は死に対しての恐怖が大きい人で、「病なんかに負けるか」という人でもなく、「もう長く生きたからいつ死んでも悔いはない」という人でもない、と。
その父が、今想定外の症状で悩んでいる。
病院で処方される薬も副作用等で役に立つのか立たないのか。
不安も大きいだろうと思う。
だから、私ができることは
できるだけ父の体にいいものを(カロリーや塩分などの制限含めて)食事として提供し食べてもらうことと
できるだけリラックスして気力を養ってもらうこと、
そのためにレイキやマッサージや温熱器などを利用している
さらに近場でも散歩や日向ぼっこなどを勧め
できるだけ気分転換や体力維持できるよう声をかけ
そうして一緒にいる時間を大切にしている
でも、それも父が生きたいと思えばこそ。
父の気力が萎えてしまったら
私のしていることは無駄になってしまうだろう
父は、姉の電話の際、同じ居間にいたので
姉が根ほり葉ほり尋ね、私が受け答えしている間
自分の症状に「そんなことはよくわかっている」と気分を害し
あるいは食事も含め、自分の体がままならないことを気に病み
「なんでこんな体になったのか」と少し泣きました。
私は
みんな年を取るし、年をとったら体も悪くなる
(誰もが死ぬ、とは言えませんでした)
お父さんだけじゃない
大丈夫
と、父の頭に手をあてなだめましたが
まるで子供のようだと思いました。
(以前から、寝ころんでいる時に手を当てていると
なんだか父が子供のようだなあと思いましたが
まさかボケ・・・じゃない、子供に返ってる?)
でも、それはほんの少しの時間で
その後、普通にお風呂に入って部屋に戻り寝ました。
ちゃんと眠れているといいけどな・・・
少しでも症状がよくなりますように
姉は何もできないと嘆くけれど
私はできることをしていても無力さで泣きたくなります。
夜、ちょうど居間にいた時
姉から電話がかかってきて父の様子を尋ねました。
いつも私が父の様子をメールするのですが
(私はPCメインのため)返事が遅いと気になって電話をかけてきたようです。
しかし・・
あの症状はどうか、この症状はどうか。
病院の診察はどうにもならないのか。などなど。
そんなこと私に言ってもどうしようもないこともあるし
そんな普通の軽い病気ではないんだから
1日や2日で、目に見える変化なんてしれてるし
姉さんの言うことは、心配してるからこそなんでしょうけど
今更わかりきったことばかりだし
結局根ほり葉ほり父のことを聞いたとしても
姉さんが何をするというわけでもない
今まで食事療法中の父の食事を作ったこともない人だ
何をしたらいいのかわからないのか
いつも「私は何もできないから」と言う
「あしゃんはかしこいから」とか言う
それが私をどんなに腹立せるか知らない。
そう言っていれば何もしなくていいの?
少し前にも「私はあしゃんみたいにしてやれることがない。
父に何もできないから辛い」と言っていたから
「何もできないことはないでしょう?
気分転換させたり、話しかけたり、そばにいたりすることができるでしょう
家族のサポートが大切なんだよ」
と言った。
何もできない?
誰かに何かしてあげたいと思ったら、何か思いつかない?
たぶん、姉さんも忙しいからそこまで頭が回らないのかもしれない。
いつもこちらから、こういうのが欲しいと言って初めて
果物や水をもってきてくれるが正直安いものだ
お金の問題じゃないとわかってるけど
姉さんにも生活があるから金銭的に高いものは言えないけれど
「今度新車を買いたい」とか言ってるぐらいなら
あちこちで外食や出かけるぐらいなら
もっと父にしてあげることはあるんじゃないの?と思わずにはいられない。
(まあ、その代わり、姉には休日に母のお守&相手というか運転手を頼んでいますけどね)
だから、先日私が父に(少し値段の張る)体を温める器具を購入し
父の体を温めていた時に、案の定姉が「私も肩がこってるんだよね」
と言いだしたので、「またか」と思った。
姉は自分ではお金を出さないくせに、人が買うと「貸して」と言う。
姉の稼ぎなら、簡単に手に入るものなのに。
ちなみに家の中のものもいつのまにか持って行ってなくなっている。
冷蔵庫の中身も然り。
・・・・
もしかして、私のほうがおかしいのかもしれない。
もっと父と距離をとったほうがいいのかもしれない。
だけど、私は後悔したくないから、少しでもよくなってほしいから
欲しいものも我慢して節約して、父の体にいいものを買ってあげたいと思った。
別に自己犠牲に酔ってるわけではない。
(確かに誰かのために役に立つ行為というのは、存在意義、もしくは依存の1つになると思うけれど)
でも、それが父の重荷になっているのならどうだろう
以前、私は父のことをこう書いた。
父は死に対しての恐怖が大きい人で、「病なんかに負けるか」という人でもなく、「もう長く生きたからいつ死んでも悔いはない」という人でもない、と。
その父が、今想定外の症状で悩んでいる。
病院で処方される薬も副作用等で役に立つのか立たないのか。
不安も大きいだろうと思う。
だから、私ができることは
できるだけ父の体にいいものを(カロリーや塩分などの制限含めて)食事として提供し食べてもらうことと
できるだけリラックスして気力を養ってもらうこと、
そのためにレイキやマッサージや温熱器などを利用している
さらに近場でも散歩や日向ぼっこなどを勧め
できるだけ気分転換や体力維持できるよう声をかけ
そうして一緒にいる時間を大切にしている
でも、それも父が生きたいと思えばこそ。
父の気力が萎えてしまったら
私のしていることは無駄になってしまうだろう
父は、姉の電話の際、同じ居間にいたので
姉が根ほり葉ほり尋ね、私が受け答えしている間
自分の症状に「そんなことはよくわかっている」と気分を害し
あるいは食事も含め、自分の体がままならないことを気に病み
「なんでこんな体になったのか」と少し泣きました。
私は
みんな年を取るし、年をとったら体も悪くなる
(誰もが死ぬ、とは言えませんでした)
お父さんだけじゃない
大丈夫
と、父の頭に手をあてなだめましたが
まるで子供のようだと思いました。
(以前から、寝ころんでいる時に手を当てていると
なんだか父が子供のようだなあと思いましたが
まさかボケ・・・じゃない、子供に返ってる?)
でも、それはほんの少しの時間で
その後、普通にお風呂に入って部屋に戻り寝ました。
ちゃんと眠れているといいけどな・・・
少しでも症状がよくなりますように
姉は何もできないと嘆くけれど
私はできることをしていても無力さで泣きたくなります。
2012/06/03 (Sun)
5月5日
いつもなら長いG.W.の休み明けは憂鬱で
は~、もう終わりか~短かったなあ・・・と思ってたと思うんですが
今回のG.W.は、早く休みが終わって~と叫んでいます。
というのも、外来に行った翌日、連休に入った途端
違う症状が出るわ気分が悪いわで心配になった父は、
緊急性がないからと休日診療に行けず仕方なく
5月1日の平日を待って病院に行ったわけですが
こういう時って総合病院は困りますね
これまでの担当医がいない曜日ですから~
しかも、予約なしだから初診扱いで
しかも、今まで診てもらったことのない、
しかも内科は内科でも専門医じゃない先生で
電子カルテや今までのデータを見ながら所見を言ってましたが
途中で辞書ひいてたり、「○○の先生じゃないからわかんないな~」とかつぶやいてたり、内心大丈夫だろうか?とか思いました。
まあ、どうせ臨時だから仕方ないかとは思ったけど。
それでも、まあ、一応新しい薬をもらって様子見になったんですけどね。
それがちっとも効かないんですよ。
ちっとはよくなるかと思ったんですけどね。
むしろ、悪くなってるんじゃ・・・と思うぐらいで。
ろくに食事もできず、トイレにかけこみ、
毎日の食事にもかなり苦労しています。
で、薬局でもらった薬の説明文には書いてなかったんだけど
念のため、一昨日の深夜にちょっと調べてたら
その新しくもらった薬のめったにない重大な副作用になってる??って感じだったので、これまた服用をやめようかと。
(ちなみに前回副作用か?と思った薬は関係なかったようです)
そういう場合、「すぐに医師や薬剤師に相談して下さい」とあるんだけど
薬局も病院も休みだし、行けないから・・・
まあ、その薬のせいかどうかはともかく
体調が悪いので、毎日ハラハラしています。
でもって、休みがあける5月7日を待ってる次第ですが
その月曜日も担当医に当たらないかも~(ため息)
なんて融通が利かないんだ
(なぜか今までの担当医の再診は金曜日)
そんなわけなので、いつもブルーな父を少しでも楽にしてあげたいと
(少々高かったけど)体を温める器具も購入してみました。
冷えは万病の元だし。
なので、その器具で体を温めて、ヒーリングして、足のもみもみをやって・・・
と、一通りやるとかなり大仕事をしたような気分になります。ふう
でも、その間だけでも父の気が紛れるからマシかなあと。
他に興味が持てることがあったら、気も紛れるのになあと思うんですけどね。父にはそういうのがないので余計に気鬱になると思うのですよね。
(追記)
新しくもらった薬をやめたら、少し楽になったらしいです。(ホッ)
は~、もう終わりか~短かったなあ・・・と思ってたと思うんですが
今回のG.W.は、早く休みが終わって~と叫んでいます。
というのも、外来に行った翌日、連休に入った途端
違う症状が出るわ気分が悪いわで心配になった父は、
緊急性がないからと休日診療に行けず仕方なく
5月1日の平日を待って病院に行ったわけですが
こういう時って総合病院は困りますね
これまでの担当医がいない曜日ですから~
しかも、予約なしだから初診扱いで
しかも、今まで診てもらったことのない、
しかも内科は内科でも専門医じゃない先生で
電子カルテや今までのデータを見ながら所見を言ってましたが
途中で辞書ひいてたり、「○○の先生じゃないからわかんないな~」とかつぶやいてたり、内心大丈夫だろうか?とか思いました。
まあ、どうせ臨時だから仕方ないかとは思ったけど。
それでも、まあ、一応新しい薬をもらって様子見になったんですけどね。
それがちっとも効かないんですよ。
ちっとはよくなるかと思ったんですけどね。
むしろ、悪くなってるんじゃ・・・と思うぐらいで。
ろくに食事もできず、トイレにかけこみ、
毎日の食事にもかなり苦労しています。
で、薬局でもらった薬の説明文には書いてなかったんだけど
念のため、一昨日の深夜にちょっと調べてたら
その新しくもらった薬のめったにない重大な副作用になってる??って感じだったので、これまた服用をやめようかと。
(ちなみに前回副作用か?と思った薬は関係なかったようです)
そういう場合、「すぐに医師や薬剤師に相談して下さい」とあるんだけど
薬局も病院も休みだし、行けないから・・・
まあ、その薬のせいかどうかはともかく
体調が悪いので、毎日ハラハラしています。
でもって、休みがあける5月7日を待ってる次第ですが
その月曜日も担当医に当たらないかも~(ため息)
なんて融通が利かないんだ
(なぜか今までの担当医の再診は金曜日)
そんなわけなので、いつもブルーな父を少しでも楽にしてあげたいと
(少々高かったけど)体を温める器具も購入してみました。
冷えは万病の元だし。
なので、その器具で体を温めて、ヒーリングして、足のもみもみをやって・・・
と、一通りやるとかなり大仕事をしたような気分になります。ふう
でも、その間だけでも父の気が紛れるからマシかなあと。
他に興味が持てることがあったら、気も紛れるのになあと思うんですけどね。父にはそういうのがないので余計に気鬱になると思うのですよね。
(追記)
新しくもらった薬をやめたら、少し楽になったらしいです。(ホッ)
2012/06/03 (Sun)
4月30日
世の中G.W.ですが、うちは全く関係なくいつもと同じ生活です。
と言いたいところですが、しょっぱなからちょっと慌ただしいことがありました。
まず、1つ目は父のこと。
あれからまだ食後の不調は続いてますが、28日の夜にちょっと違う症状があってドキリ、てっきり病院が連休中ずっと休みかと思って休日でも診てもらおうかと思っていたのですが~
翌29日に病院へ電話をしたところ、27日に外来に行ったばかりだし、緊急に診る必要はないみたいだし、何より休日は専門医はいないから平日に・・・ということで、行けませんでした。
なので、明日(父が行きたがるので)臨時的に行くことになりましたが、それでも今日は昨日よりは体調がほんの少しよさそうでよかったです。
(正直、病院へ行くのは怖いんですけどね)
もう1つは、近所の超お騒がせ&迷惑おばさんのおかげで、2年ぶりに警察に連絡して駐在さんに来てもらったこと。
この件はもう長年後をひいている家のトラブル(向こうの一方的な思い込み)で、正直うちの父のストレスの大半はこの人のおかげかもしれません。
もちろん、私もかなりの被害&精神的打撃をこうむりましたよ。
駐在さんに説明しているうちに当時のことを思い出し涙が出てきたぐらい。
尾行もされましたしね(遠い目)
詳細に書くとまたまたダークな話になるので書きませんが(苦笑)、なんか久しぶりに動き出したなという感じです。もう、初夏だというのにね~
(ちなみに警察に連絡しても、担当も変わるので、毎回説明がめんどうくさいです)
世の中G.W.ですが、うちは全く関係なくいつもと同じ生活です。
と言いたいところですが、しょっぱなからちょっと慌ただしいことがありました。
まず、1つ目は父のこと。
あれからまだ食後の不調は続いてますが、28日の夜にちょっと違う症状があってドキリ、てっきり病院が連休中ずっと休みかと思って休日でも診てもらおうかと思っていたのですが~
翌29日に病院へ電話をしたところ、27日に外来に行ったばかりだし、緊急に診る必要はないみたいだし、何より休日は専門医はいないから平日に・・・ということで、行けませんでした。
なので、明日(父が行きたがるので)臨時的に行くことになりましたが、それでも今日は昨日よりは体調がほんの少しよさそうでよかったです。
(正直、病院へ行くのは怖いんですけどね)
もう1つは、近所の超お騒がせ&迷惑おばさんのおかげで、2年ぶりに警察に連絡して駐在さんに来てもらったこと。
この件はもう長年後をひいている家のトラブル(向こうの一方的な思い込み)で、正直うちの父のストレスの大半はこの人のおかげかもしれません。
もちろん、私もかなりの被害&精神的打撃をこうむりましたよ。
駐在さんに説明しているうちに当時のことを思い出し涙が出てきたぐらい。
尾行もされましたしね(遠い目)
詳細に書くとまたまたダークな話になるので書きませんが(苦笑)、なんか久しぶりに動き出したなという感じです。もう、初夏だというのにね~
(ちなみに警察に連絡しても、担当も変わるので、毎回説明がめんどうくさいです)

父
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